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アカデミズモは、アカデミズムの裏庭。そこには亀たちが棲んでゐます。



もともとは「京都アカデメイア」スタッフのグループブログの一つということで始めたブログですが、現在は個人的な雑記として用いています。心にうつりゆくよしなしごと等を記録することとします。

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2018-05-01

蹴上浄水場の思い出

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この季節になると、京都・蹴上浄水場はつつじが満開になり、同時に一般公開が行われる。

今年は、その姿は見ていないけれど、初夏の新緑の中、小高い斜面に並んだこんもりと丸い樹々に、紫、白、ピンク、赤が咲き乱れる様子は大変美しい。

蹴上浄水場の近くには、東山ドライブウェイの入口がある。子供の頃、しばしば父の車に乗せられてドライブウェイを走ったのであったが、当時はなぜか、そのこんもりのひとつひとつを人のお墓だと思っていた。



蹴上浄水場にはいくつか、良い思い出がある。

ひとつは、小学校四年生のとき、社会科見学に行った思い出である。

なぜか日にちまで覚えていて、4月30日だった。

別に普通の社会科見学であり、私は学校行事にはしんどい思い出のほうが多いのだが、この日はなんだかとても楽しかった。つつじの咲く中に座り、班ごとにお弁当を食べた。班は男女二人ずつ、四人の斑で、女の子は当時一番仲の良かった友達、男の子二人も意地悪じゃない優しい二人で、いい人たちに囲まれ、天気も良く、「幸せだな! ずっとこの日が続けばいいな!」と思った。


大きな貯水槽を見せてもらい、「ここの水が皆さんのおうちの水道へ行きます、だからここには絶対に物を落としたりしないように」と職員さんに言われた瞬間、H君という男子が鉛筆を落としてしまい、大騒ぎになった。

考えてみればそんな絶対に物を落としてはならないようなところを無防備に子供に公開しないであろうから、たいした問題ではなかったのだろうが、しばらくの間われわれは「何日かは水道の水飲んだらあかんで」「水道からH君の鉛筆が出てくるぞ」と言い合った。




もうひとつは、大人になってからの、母との思い出である。

母方の祖父が亡くなった後、母は体調を崩した。

体調はなかなか良くならず、母は重病を疑い始め、大病院で検査を受けに行くことになった。今思えば、これは、敬愛する祖父への母の同一化の機制によるものであったのだろう。愛する者を失うことは、それだけ、エネルギーを使い現世的リビドーを奪われるものであるのだと思う。

私も当初、たいしたことないだろうと思っていたが、母があまりに言うので、ほんまに母は重病なのでないかと心配し始め、覚悟をしながら検査が終わるのを待っていた。元来私は心配性なのである。

検査が終わり、父の車で母を迎えにいった。しばらく車は通りを走ったが、母は何も言わなかった。

昔よく通った、東山ドライブウェイを通ろうと父が言い出し、蹴上浄水場の前に差し掛かったときやっと父が「そんで、どやったんや」と訊いた。母は、「うん、どうもなかったわ」と答えた。「どうもなかったんか」と父が言った。


われわれは、近くの店で買ったコロッケを、齧りながら浄水場の横を走った。

五月も終わり頃で、もうつつじは咲いていなかったが、このとき窓から見えた青空の下の蹴上浄水場の緑は、つつじの満開時にも増して、はればれと輝くようだった。



その数年後、母と浄水場の一般公開に行った。

つつじの間を抜けて斜面のてっぺんまで登り、てっぺんからつつじ越しに町を見下ろし、母は、「子供の頃に遊んだ町や、懐かしわあ、懐かしわあ」と何度も言った。









元暴走族の思い出

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中学の頃、趣味の合う友人何人かとよくつるんでいた。同じく、趣味を通して、他校の子たちとも交流していた。といっても、雑誌の文通欄で知り合った子たちだった。この頃、まだメールやネットのない時代であり、文通という文化が健在だったのである。

われわれは、集団で手紙やイラストを描いたのを同封して相手方に送り、向こうも何人かでそれに応じてくる、というような交流だった。


ところがあるとき、そんな交流の中でトラブルが起こった。

われわれの仲間であるK子ちゃんが動揺しながら、「どうしよう、ひどい手紙が来た」と、相手の子たちから届いた手紙をもってきた。

開けてみるとそこには、われわれをバカにするようなふざけたイラストと、「本当はお前たちのことなんて大嫌いだよ」などの罵倒の文言が書かれていた。「バーカバーカ」「死んじゃえば?」etc。

それまでは機嫌よく文通していた子たちである。楽しく日々のことや好きなもののことなどなど手紙に書き合いはしゃいでいたのに、なぜ急にそんな手紙が送られてきたのか、まるで分からなかった。びっくりして「えー、ひどいー……」と呟くと、いつもは私のことをからかってばかりのNちゃんが、「大丈夫? ショックやんな。あんたは繊細やから、こういうのダメやのに~」と心配してくれた。動揺していたK子ちゃんは「こいつらむかつく!」と既に怒りモードに入っていた。

しかし私は、たしかにショックを受けはしたがその一方で、

「(おおー、これがよく漫画とか小説で見る『友の裏切り』みたいなやつかー、私にもついに『友の裏切り』経験がやってきたぞ! これで『友の裏切り』的なテーマが解るようになったんや!)」

と、青春経験値をひとつゲットしたような気持ちでもあった。



その手紙はなぜか私に託された(心配されていたのになぜ私に託されたのかは謎である)。やはり、見て良い気持ちのするものではなかったが、私は時々手紙を取り出して眺めては、積極的にイヤな気分を味わっていた。正直、普段会うこともない他校の子なので、こんなふうに決裂しても特に普段の生活で実害はない。こんなに罵倒されるいわれはないとは思ったものの、「まあ、色々気に入らないことがあったんやろうな」と思い当たる節もいくつか出てきた。だが、罵倒の文言を眺めているとやっぱりイヤーな気持ちになり、悲しくなって手紙をビリビリと破ってしまった。同時に、手紙を破るという青春ドラマ的な動作をしている自分に、やっぱり演劇性を感じもした。



私には、個人的に文通している人も何人かいて、その中に、一つか二つ年上のお姉さんがいた。やはり雑誌の文通コーナーで知り合った人で、実際に会ったことはなかった。プロフィールに、小説やアニメ・漫画、音楽が好き、と書いてあったので、話が合うかと思って私から手紙を出したのである。当時、文通相手はこんなふうに、雑誌の文通コーナーのプロフィールを見て探していた。

お姉さんは、ミステリー小説と『サムライトルーパー』とサザンが好きとのことで、私とは好きなものは特に一致しなかったのだが、なんとなく日々のことを綴り合い、文通は続いていた。お姉さんは、端正な文字で落ち着いた文章を書く人だった。また、返事が早かった(返事が早いことは文通の継続において重要なことであった)。時々アニメ風のイラストが同封されてもいた。平均的なオタク女子、という印象だった(当時は「オタク」という語にはネガティブなイメージしかなく、当事者が自称することはなかったが。)



私はそのお姉さんへの手紙に、例の事件のことを打ち明けてみた。年上の人なので優しく話を受け止めてくれそうな気がしたし、また自分が得た「友の裏切り」経験を自慢したいような気持ちもあったのだろう、手紙を書いたときはもう例のイヤな気分もかなり薄らいではいたが、

「この間、ちょっとショックなことがあったんです。それまで仲良くしていた友達に裏切られて……、このまま人間を信用できなくなりそう。」

云々と、自分でもやや盛っていることを意識しつつも書き、その手紙を投函した。



お姉さんからの返事は、いつもどおり一週間後くらいに届いた。返事には「〇ちゃん、嫌な思いをしたんだね。でも〇ちゃんは立派だよ。あとあと後悔するのは、傷つけられるよりも傷つけた側だから。私も実は……」とあり、以下のようなお姉さんの過去が書かれてあった(※記憶に基づくため原文ママではない)。



私も実は、中坊になったばっかの頃は手をつけられないくらい荒れてて、親も泣かせたし、ダチも傷つけた。もともと家が厳しかったからグレちゃって、悪い仲間とつるむようになって、〇ちゃんには言えないようなこといっぱいしました(笑) 万引き、シンナーは当たり前。何度もパクられそうになったし、先公にも殴られた。でも、ある日、何もかもむなしくなって、抜けたんだよね。抜けるときにはケジメ(って分かる?)を付けさせられたけれども。抜けるきっかけになったのは、○○(好きなアニメか漫画のタイトル)でした。今では、あの頃を思い出すと、バカなことしてたなあって後悔しかないんだ。こんな人間だから、偉そうにアドバイスなんてできないよ。今でも服装はケバいし手癖の悪さが出ちゃうし(笑)、付き合ってるオトコも未だに、××連合のヘッドだったりするんだよね(関西で最大の族だから知ってるよね? 暴走やってる友達がいたら聞いてみて)。




……

私は、オタクの子というのは皆、教室の隅にいる地味なポジションの子だとばかり思っていたので、「オタクにもいろんな人がいるんだなあ、分からんもんやなあ、勝手なイメージで決めつけたらいけないよなあ」と素直に反省し、それまで文通の中で彼氏の話なんて一言も出なかったのに「彼氏までいるなんて、やっぱり年上の人だなあ」と感心し、

「重い話を聞かせてくださってありがとうございます!そうだったんですか、そんな過去があったんですね。人にはみんないろいろな過去があるんですね。あ、××連合、もちろん知ってますよ! 地元では有名なグループですもんね~!!」

みたいな返事を書いたのであるが、今思えば確実にお姉さんは中二病的なあれであったと思われる。(完)

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