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アカデミズモは、アカデミズムの裏庭。そこには亀たちが棲んでゐます。



もともとは「京都アカデメイア」スタッフのグループブログの一つということで始めたブログですが、現在は個人的な雑記として用いています。心にうつりゆくよしなしごと等を記録することとします。

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2018-03-23

霊ケーキの夜、または苦々しいクリスマスケーキをつくる会(「つくる会」)の思い出

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それは、M-1でチュートリアルが優勝した年のクリスマスのことであった。われわれはT君を囲み、霊ケーキで降誕祭を祝った。T君当人には申し訳ないが、私にとっては、帰ってきた中学生時代のような、『太陽の塔』的世界に束の間参加したような、そんなクリスマスの思い出だ。


何のことか分からないと思うので、順番に書く。

T君とは、大学院生時代の、いくつか年下の友人である。

T君は当初、「なんかイケてる若者」として私の前に現れた。というか私が勝手にそう思っていた。

わが研究室には当時、正式な研究室員ではない人々も出入りし勉強したりだべったり鮭を捌いたりしており、T君もその一人であったのだが、われわれは互いに顔を知っている程度で特に交流はなかった。

他の人と就活の成功話などしているのを聞くと、堂々としていて利発そうで、わが大学にしばしば見られる要領良いエリート青年なんだろうなあ、と勝手な偏見を抱いていた。当時まだ「リア充」という語はなかったが、見た目もモテそうだし髪の毛はふわふわしてるし、自分と違う世界の人であろう、と正直あまり好感をもてなかった。今思えば、髪の毛が少しばかりふわふわしている程度でたいした偏見のもちようである。こういうエリート青年は私のような者を見下しているのであろうとすら思っていたので、完全なる被害妄想といえる。


多少の交流が生じたのは、冬、大学関連のイベントに参加したときである。そのイベントにT君も参加していた。

このイベント自体も賽銭泥棒の発生などに見舞われた謎のイベントだったのだが、賽銭泥棒の話は長くなるので割愛するとして、休憩時間に発生したのが「トイレの戸事件」であった。

私は粗忽者であるため、人生でたびたびトイレの鍵を閉め忘れて人にドアを開けられる事件を起こしており、このときも、今まさにパンツを下ろさんとしている最中にトイレの戸を開けられてしまった。開けたのはT君であった。

T君は大きな目を泳がせ、「わっ、わっ、あわわわ」と戸を閉めた。これは鍵をきちんと閉めていなかった自分が悪いので、不運なのは遭遇したくもない場面に遭遇してしまった彼である。トイレから出た後、驚かせたお詫びを一応言っておこうと彼のもとに「さっきはすみません」と言いにいったが、彼は「やっ、わっ、やっ」しか言わなかった。私は「でもスカートでよかったです」と別に要らないコメントを付け加えた(ズボンと違って局部や臀部が露出されない=貴方はたいしたものは見ていない、というメッセージを伝えたかった)。だが彼はやはり大きな目で斜め上を見たまま、「やっ、わっ、ススススス……」と言うのみであった。T君は困ったときやヒいているとき、この「ススススス」という笑い方をよくする。


イベントの帰り、何人かでお茶でもしていこうということになり、その中に彼もいた。喫茶店への道でわれわれはうっかり隣同士に並んでしまった。私は「(ああ、トイレの戸の人だ、気まずい)」と思いながらも、何か話さなければと思い、「この近くに縁切り神社っていうのがあるんですよ」と持ちネタを振った。「怖い絵馬があったり、境内にラブホテルの灯篭があったりして面白いですよ」。今ではすっかり有名になってしまった安井金毘羅宮のことである。私の好物のネタではあったが、あまり交流のない年下男子に振るネタとしては微妙な話題選びだったといえよう。T君は「へ、へえー、そうなんすか、スススス」と言いつつ、あまり話を聴いていない様子だった。

喫茶店では、途中、皆の恋愛事情の話になった。彼女と同棲している先輩がT君に「T君は同棲とかしてないの?」と訊いた。T君は「えっ、いや、僕は、スス」と言った。私はこのときは何も気づいていなかったが、彼は内心、「(なんでそんなん俺に訊くねん、なんでいきなり同棲やねん)」と思っていたことを後で知った。



さてこの時点では「トイレの戸の人」でしかなかったT君であるが、翌春から、研究室の皆と勉強会や飲み会をすることが増え、その中で私とT君との交流の機会も増えた。

そのうちに、どうやら彼が、当初抱いていたイメージとは大幅に違う一面をもつことが明らかになってきた。T君は話術が巧みであったが、少し仲良くなるとその話術は、主に自虐ネタに発揮されることが分かった。私もたいがいの卑屈王であったが、T君もそれに劣らぬ劣等感の持ち主であることが次第に分かってきた。

殊に恋愛関係のコンプレックスを語るとき、彼の大きな目はやさぐれ、かつ、らんらんと輝くのだった。勝手に「モテそう」だとばかり思っていたT君であるが、断片的な話から分かったところによると、恋愛関係ではどうも残念な体験が続いているようであった。


私が彼と「友達になった」と感じたのは、『太陽の塔』を通じてであった。

ある日、勉強会を終えた後、研究室では三名の者(私含む)が缶チューハイを飲みながらダラダラと残っていた。この頃、研究室の中でもダメ意識の強い者たちの間になんとなく仲間意識が芽生え、気がつくとこのように夜中までだべることが増えていた。仮にこの一群をダメンバーと呼んでおこう(c:さーもんさん)。この日のダメンバーの話題はもっぱら、「自分がモテない」ということだった。T君はかつて恋人がいたことのあるダメンバー・某氏に、ちょっとここでは書けないような絡み方を見せた。彼のそんなひどい姿を見るのは初めてのことであった。

ひとしきり絡んだ後T君は、「あっ、そういえば今、これを読んでるんすよ」と何やら文庫本を取り出した。それが『太陽の塔』であった。「あっ」と某氏が言った。「それ、今まさに薦められて読んでるやつだ!」。薦めたのは私であった。夜中に研究室でダメを語らっている三人が三人とも、『太陽の塔』を読んでいたのであった。この事件を通じて私は急速に、T君に親近感を覚えた。T君たちによると『太陽の塔』の主人公たちの言動は、「自分の日記みたい」とのことだった。

『太陽の塔』(2003)は、日本ファンタジーノベル大賞を受賞した、森見登美彦の小説作品である。受賞当時、知人から「今度のファンタジーノベル大賞、モテない京大生の話なんだって」と言われ、「なんじゃそりゃ」と読んでみたら、本当にその通りであった。

後で知ったことだが森見氏は大学の同期であり(※面識は無い)、『太陽の塔』は、青春時代を百万遍に過ごした者としては心掴まれざるをえない作品である。

と同時に、そこに描かれる男子学生たちの群像には、複雑な思いも抱かれた。私は大学に入って以来ずっと、この大学に色濃く残る旧制高校的「男同士の絆」的なものに疎外感を感じ続けており、『太陽の塔』はまさにそうした男子たちの物語だったからだ。女性は偶像的存在としてしか登場しない(もちろんだからこそファンタジーなのであろうが)。『太陽の塔』は笑えて共感できる小説であると同時に、或る種の疎外感を思い出させるという、両価的な思いを抱かせる作品だった。


T君の話に戻ろう。

以上の記述ではT君が、単なる「見た目がいいのに実はモテない」だけの人物のようだが、というか私も当時そう認識していたのであるが、今にして思えば彼は、なかなか不思議な人物でもあったかもしれない。

その一年、なぜか研究室周辺はT君を中心に動いていたような気がする。この年、皆で夏の海に行ったりあちこち遊びに行ったり、やたらイベントが多かった。T君が研究室から去った翌年にはそんな機会も少なくなったので、それは彼の引力だったのだと思う。あんなに皆で遊んだのはあの年限りであった。彼のその引力が何に由来するのかは謎であった。変人の多い研究室において、T君は常識人の部類であり、進んで目立つことをしたり話題の中心になったりするタイプではなかったのだが。

T君は研究室周辺では最年少であり、皆の弟のようなところもあった。彼本人がどう思っていたかは分からないが、皆、彼を可愛がり、あれこれと構っていたように思う。翌年も研究室に残る者がほとんどの中、T君は就職を控えており春には大学を出ていくことが決まっていたので、まるで彼の最後の学生時代を、皆が一緒になって浮かれ騒いだかのようであった。

あるときは、飲み会で彼があまりに荒れているので、先輩が「T君は一体どうしたのさ、話を聴くよ」と深夜にもかかわらず店を移動し、朝まで皆で話を聴いたこともあった。(なお誘った当の先輩は先に帰ってしまい、残りの皆で朝までつきあった。T君が荒れていた理由はひどすぎるので割愛。)

またあるときは、皆がおせっかいを焼き、T君とある女性をくっつけようと鍋パーティーを開いた。今思えば完全に余計なお世話であり、おまえらはうるさい親戚のおばちゃんか、という感じでしかない。

しかしこの試みはそれなりに上手くいったようで、T君とその女の子は二人で会うまでになった。だが、それがその後の、クリスマス霊ケーキの夜につながるのであった。



その年のクリスマス・イブは、私は派遣のバイトで、スーパーマーケットで生クリームの試食販売をしていた。余った生クリームやデコペンをもらえたのはお得であった。その翌日、昼過ぎになり、T君からケーキの風味を指定するメールが届いた。

「苦々しいケーキでお願いします」

私はイブに起こった事態をだいたい了解した。


話が前後したが、T君はクリスマス・イブに例の女の子と会う約束を取り付けることができたのだった。非モテの憧れ、クリスマスデートである。そこに至るまでも、飲み屋で先輩たちが彼を焚き付けたり、お誘いのメールを打つところを見守ったりという前近代的なお節介の数々があった。われわれは勝手にはしゃぎ、私も、頼まれてもいないのにデートぽい店を検索してリスト化するなどの不要な活躍を果たした。

だが、デートすることになったものの、彼女がT君のことをどう思っているのかは不明であった。憎くは思っていないだろうが、積極的に好意をもっているかといえば、正直そんなふうにも見えなかったのである。経過が気になるダメンバーたちは、イブの翌日に研究室でクリスマスパーティーを開くことにした。そして、前夜のデートが上手くいっていたなら甘いホワイトケーキで祝おう、残念な結果になっていたならビターなブラックケーキを作ろう、ということになっていたのだった。


各人に届いた苦々しいケーキを所望するメールにより、ダメンバーたちは事情を速やかに把握した。T君以外の三人のダメンバーが先に研究室に集まり、スーパーへ買い出しに行き、「カカオ99%」と書かれた板チョコを大量購入した。当時、カカオ率の高さを売りにするチョコレートが流行っていたのだが、どれも菓子としては苦すぎた。それにこんな使い道があるとは思わなかった。

三人は研究室でT君を待機する態勢に入った。待つことしばらく、力無い「ススス……」という笑い声とともに研究室のドアが開いた。

われわれは「お疲れ様!」と唱和して彼を迎え、「とりあえず好きなもん食べようよ、ケーキだけじゃ足りないでしょ」とサンプラザに連れ立った(丸太町のこのサンプラザも2017年夏に閉店してしまった)。スーパーの売り場で、「なんでも好きなもん食べてええからね」「費用はわれわれで持つから」と声をかけるダメンバーにT君は一言、「優しさは時に凶器っすよ!」。


参鶏湯の具材を抱えて研究室に戻り、われわれは鍋とケーキを作り始めた。書きながら、研究室とは何かという疑問が湧いてきたが、尤もな疑問である。研究室はこの頃、鮭を捌いたり酒盛りをしたり筋トレをしたり、ほぼ無法地帯と化していた。しかし面白いことにそうしたわけのわからん活動が活発であった頃は、皆の勉学や研究もまた活発であった気がする。

さて鍋は具材を切って煮立てるだけなのでいいものの、われわれはケーキ作り未経験者の集いであった。唯一の女子である私も、無印良品のケーキ作成キットでしかケーキを作ったことがなかった。とりあえずネットで調べてスポンジの素をミックスしたものの、それを流し込むケーキの型が無いことに気づいた。根本的欠落である。仕方ないのでそのへんにあるもので代用することとし、何かの飲み会で使った紙皿に切れ目を入れて折り曲げ、何枚かをガムテープで貼り合わせ、なんともみすぼらしいケーキ型を作った。それにミックスしたものを流し込んで研究室のオーブンにかけたが、ふくらし粉的なものを入れていないので、煎餅のように薄べったい、ふわふわ感皆無のスポンジ生地ができあがった。次はそれに塗るクリームを作る。前日のバイトでもらった生クリームに、件のカカオ99%の銀紙を剥き、粉々に砕いて混ぜる。黒いクリームが出来上がった。スプーンで不器用に塗りたくり、ココアパウダーを振りかけると、見た目が真っ黒なうえ、ちょっと汚らしい暗黒ケーキができあがりとなった。



鍋とケーキを囲んだところで、突然T君のケータイが鳴った。

「……!」

T君は大きな目を見開き、ダメンバーに緊張が走った。例の彼女からの呼び出しであった。

「なんか……近くにいるらしいんですけど、今から会えないかって言ってるんすけど」

これは……一発逆転があるのではないか?

われわれは「すぐに行っておいでよ!」と送り出し、T君は戦地へ赴く兵士のような表情で研究室のドアを出た。

「ここで待ってるからね!」

「では、お国のために戦ってまいります!」



研究室に残されたダメンバーたちは、無駄に小岩井レーズンバターを舐めながら、ああだこうだと落ち着かない。弟を心配する兄姉のように、「T君、上手くやってるかな」「上手くいってるといいけど」とそわそわ。場合によってはケーキを甘いやつに作り直さねばならないかもしれない。これまで友達の少なかった私は、こんなふうに友人の恋愛沙汰にやきもきしたことなんてなかったので、なんだか(遅めの)青春っぽいなあと少し楽しかったことも告白しておく。

一時間以上待ったであろうか、またも「ススススス…」という声とともに研究室のドアが開いた。鞄で顔を隠しながら、T君が入ってきた。

「お国のために玉砕してまいりました」



一同は速やかに参鶏湯をあたためなおし、英霊のもとに供えた。英霊は無言でハバネロソースを鍋に大量投入した。

辛い鍋をやはり無言で掻き込み、やっと言葉を発した彼は、


「今日の俺は、昨日のM-1のチュートリアルよりおもろいっすよ!」


と一連の経緯を語り出した。

まず一昨日わざわざデートの下見に行ったこと。下見の帰り道にチャリがパンクするという不吉な前兆があったこと。そこまで気合を入れたのに、デートではどうやらうっすら振られた模様であったこと。昨夜帰ってから今日の昼まで不貞寝していたこと……。

そして先刻の呼び出しは、前夜のうっすらした振りでは不十分であったと反省した彼女が、もう一度はっきり振るためのものであったようだ。要らん気遣いといえよう。クリスマス・イブに振られ、クリスマス当日にダメ押しで振られ直すという、振られの二段活用である。

「彼女は何て言ったの?」

「霊的に合わない、とかなんとか……」

「!?」

霊的に合わない!! どうも彼女はスピリチュアルな人であるらしかった。なかなかの印象的なフレーズである。そんな振られ方をする人がいるだろうか、しかもクリスマスに。

間髪入れず一人のダメンバーが、「そんなことを言うために彼女は、僕らの大事なT君をわざわざ呼びだしたんですか!」。美しい友情であった。




一連の話を聴き終えたところで苦々しいケーキ入刀となった。その前に、ピンクのデコペンで何かデコレーションせよと言われ、とりあえずケーキに「霊」と書いた。英霊の「霊」であり、「霊的に合わない」の「霊」である。黒焦げたような暗黒ケーキに「霊」の文字、その上にサンタ型ロウソクを立て、火を点けた。サンタは両手を上げ、万歳のような降参のようなポーズである

「T君、思い切りサンタを燃やしちゃっていいよ」

「そーすよ、こいつが諸悪の根源なんすよ、こんなにたくさんの人を悩ませるやつなんて!」

なぜかdisられるサンタであった。

電気を消すと、暗闇の中にぽうっと、万歳サンタの姿とピンクの「霊」の文字が浮かび上がった。

暗がりの中でわれわれは乾杯した。

「わーい、メリークリスマス!」「メリークリスマス!」

点火されたサンタが頭から溶けてゆくのを、一同は見つめた。


カカオ99%霊ケーキは、まあ当然ながら苦かった。

「ウワッ、苦い!」「あ、でもなんか噛んでるうちにちょっと甘くなってきましたよ!」

砂糖も入っているからそれも当然なのだが、「不思議なケーキっすね!」と目を見開くT君に、「最初は苦くてだんだん甘くなる……人生みたいですね」「これはT君の将来だよ」とかテキトーなことを言うダメンバーたちであった。

更にわれわれはケーキ生地の破片を「辛」「苦」などなどおよそクリスマスに似つかわしくない文字でデコレーションし、たいらげていった。なんの儀式なんだ。

私は、中学生の頃の最後のクリスマスを思い出していた。中三のクリスマス、通っていたアトリエのクリスマスパーティーに行き、友人・ナメちゃんたちとスポンジケーキにチキンの骨を突き刺したりキュウリを埋め込んだりというバカ騒ぎをして、今こうやって書くと何が楽しいのだがさっぱり分からないが、バカみたいに楽しく、もうこんなバカみたいなクリスマスを過ごすことはないのであろうなあ、と思ったものであった。学校に馴染めない私にはアトリエは解放区であったのに、アトリエの先生に「君らもう高校生になるんやろ、女の子やろ」と叱られたのは、淋しい思い出である。そんな、「私が中学男子であった頃」が大人になって甦ってきたようで、T君には悪いが、感慨深い。


その後、一同は変なテンションになり、私は昨日の試食販売の様子を再現披露するなどした。普段低い声を試食販売のときには高くできることについて、T君は「なんつーか……人生観が変わりました」ともはや意味の分からない感想を述べた。心が弱りすぎて何にでも感動するモードになっているようだった。

われわれはなかなか帰ろうとせず、霊ケーキの残骸をかじりつつ、研究室でだべり続けた。

T君がこれまでの恋愛での失敗談を語り、それに応じてそれぞれ、自分の過去の失敗談を話した。私はこれまで友達とこんなことをしたことがなかった。ああ友人とはよいものだと思った。当初「仲良くなれそうな、なんかイケてる若者」だと思っていたT君と、こんな夜を過ごすなんて、ふしぎなことだ。

そして、ああ、なんかこれリアル『太陽の塔』みたい、あの「ええじゃないか」のクリスマスみたい、と思った。アンビバレンスを抱いていたファンタジーとしての青春世界に、束の間参加しているような気分になった。

「キリストも、自分が生まれた日が、極東の国でこんなことになってるとは知るまいにねえ…」

「そーすよ!だいたいあいつが生まれるから悪いんすよ!」

T君はついにキリストまで冒涜しはじめ、降誕祭の夜は更けてゆき、わけのわからん盛り上がりと疲労感の中、われわれは延々と、大量に作りすぎてしもうた全然美味くないカカオ99%クリームを舐め続けた。



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ゲスト



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