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名菓アカデミズモとかわいそうな牛 このページをアンテナに追加

アカデミズモは、アカデミズムの裏庭。そこには亀たちが棲んでゐます。



もともとは「京都アカデメイア」スタッフのグループブログの一つということで始めたブログですが、現在は個人的な雑記として用いています。心にうつりゆくよしなしごと等を記録することとします。

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2010-07-27

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今年初およぎました、せおよぎました、きもちよました。

大学プールでおよぐのは今年最後かとおもうと、ました。


模擬授業

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模擬授業でした。

もう4回目か。順調ですね。

N島さんの話芸にひきこまれました。あの口上手さは、ほんとうにうらやましいです。(注:口上手=口下手の対義語。ほんとにそんな言葉あったっけ?と思って今ぐぐったら存在していた。)

京都学派って、にしだ……とか たな…べ……?とか てつがくのみち……?? とかぼんやりイメージはあっても、詳しいことはぜんぜん知らなかったので、そういった、「ぼんやり知ってるけどよく知らない」ことを専門の人が教えてくださるとやっぱりうれしいですねエ。


それにしても、いつも思いますが、O澤先生の名がもはや「あの戦争」(c:佐伯先生)並みの、枕詞抜きで口にしてはならぬ語になりつつあるのが笑えます。まるで崇徳上皇のような。京都にありてわれわれがこんなにも抵抗を感じながらその名を呼んでいるというに当のO澤先生はなんだか東都であざやかにO文字の他者



訃報二件

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村崎百郎、或いは、鬼畜本の思い出

旅行から帰ってきたら、村崎百郎が死んでいた。少し、驚いた。

私は、村崎百郎の文章があまり好きではなかった。「鬼畜」だなんだと言いながら「実はふつうのいい人」というのが透けて見える(或いは、透かせて見せている?)のが好きではなかった。

なので、今回の、劇的な訃報に少し驚いている。

そんな、キャラに殉じるような、「らしい」死に方をする人ではないだろうと勝手に思っていたので。詳細はよく知らないが、彼は、「村崎の本に騙された」と言う読者に刺殺されたらしい。ジョン・レノンクラスの、伝説になってしまいそうな死に方ではないか。なんてことだ。


村崎の周囲の人たちによる追悼の辞をいくつか目にしたが、申し合わせたように、「本当はいい人」というようなことが書かれていて、さらに驚いた。そんなこと皆分かってるんじゃないのか、今更わざわざ言うようなことなのか、表向きだけでも「鬼畜」キャラとして送ってやらなくていいのか? と、一読者としては心配になってしまう。さんざん女のゴミを漁れだのなんだの言ってきた人に、「本当はいい人」もないだろう。村崎は、こんな送り方をされて嬉しいのだろうか? いや、死んだらうれしいもかなしいもないか。


私は、最近の、唐沢俊一と組んで何か始めてからの村崎の仕事についてはほとんど知らない。私が触れる機会が多かったのは、90年代の村崎の文章である。

当時彼は、「鬼畜系ライター」として、サブカル雑誌(という語が当時あったかどうか覚えてない・当時は別の名で呼ばれていた気がする)や鬼畜系ムックに寄稿していた。鬼畜系ムックというのは、90年代後半に乱発されていたもので、ドラッグや犯罪や残虐・悪趣味な事柄など、いわゆる「タブー」とされる非合法的・アングラ的なトピックを扱うものであった。いや乱発というほどの乱発であったかは自信が無いが、似たような企画のムックが泡沫のように店頭に現われては消えていた記憶があるので、少なくとも一部で売れてはいたのだろう。

その代表がデータハウスから出ていた『危ない1号』で、編集は青山正明であった。その2巻の目次から少し抜粋してみると(注:今、現物が手元にないのでネットに上がっていた目次からの抜粋であるが)、「編集部特選、殺人モノ映画+書籍」「全国ロリータマニアショップ」「性器ピアス入門」「フリークス写真館」「こじき障害者」「ニッポン変態マンガ考」「「盗聴遊び」のいろいろ」「渋谷界隈で活動中の強姦チーム幹部インタヴュー」etc....とこんな感じで、まあだいたいの雰囲気は推し量っていただけよう。「全国津々浦々のゲス人間、ダメ人間、クズ人間、王子様、お姫様に捧ぐ。誰も教えてくれなかった「世も末」のお楽しみ。鬼畜系カルチャー&アミューズメント入門講座! 」とリードがついている。村崎も、彼のお家芸であった「ゴミ漁り」についての文章を寄せており、女性の家のゴミを漁って発掘したという経血で汚れた下着の写真を載せて、汚れ方からしてこの女の性器の形状はどうのこうの、とかまあそんなことを書いていた。


今読むと、(「鬼畜系"カルチャー"」とリードにある通り、)ドラッグの記事や身体改造の記事などは、よく知られていない世界を読者にちゃんと教えてあげよう、という啓蒙精神に満ち満ちている。日本の変漫画史を詳細に紹介した「ニッポン変態マンガ考」などはふつうにかなり役に立ったよ。「悪趣味」といったって、昔ながらの衛生博覧会的伝統に則ったものであったし(私はこれは嫌いではないが)。そう、鬼畜系ムックは、文体がちょっと「鬼畜ぽい」だけで、けっこうふつうの雑誌であった。

で、その「鬼畜ぽい」文体というのが、私は好きではなかった。頭のいい男の子たちがわざと汚い言葉や差別的な言葉を使ってはしゃいでるだけの、単に不愉快な文体という感じがした。それも、女性の汚れた下着を観賞してどーのこーの言う程度の果てしなくしょぼい不愉快である。それならそれでいいのだが、そうしたしょぼい不愉快をして、鬼畜!タブーに挑戦!過激!反権力ぽい! とかはしゃいでるのがバカみたいで嫌いだった。

だいたい、男は女をレイプする、とか、障害者差別する、とか、普通やん。それのどこがタブー


それでももしかすると当時は、そんなしょぼい露悪であっても、一応おおっぴらには人が言わないことを言っていたわけで、それをメジャーな出版界の中でやることに、ぎりぎりの批評性があったのかもしれないが、その後2ちゃんねる象徴されるネットの普及でなし崩し的に差別も悪趣味も垂れ流しになってしまう中で、かつての「鬼畜」たちはその先鋭性を失っていったように思う。数年前に一度、村崎百郎の文章を読んだ記憶があるが、なんかふつうの人情キャラみたいになってる!と拍子抜けた。倉橋由美子60年代の作品における「反革命」性の輝きが今ではふつーなものに見えてしまうように(とはいえわたしはこのことは彼女の作品の価値を減ずることだとは思わないのだけど――話がそれた)。でもまあこういう時代論みたいのは、後からなんとでも言えるというところがあるので、このくらいにしておく。



その、普通のことを「鬼畜ぽく」言うてるだけやん!という感慨を最も強めたのは、「女の鬼畜」記事を読んだときであった。

上に記した目次の抜粋から何となく分かっていただけるであろうように、鬼畜界では、「鬼畜=男」であることが漠然と前提とされていたのだが、読者投稿頁を見ていると、読者には女性の割合も結構多かったと思われる。そこで、女性読者に気を遣ったのか知らないが、「鬼畜は男の専売特許じぇねえ! 女にだって鬼畜はいる!」ということで、「女の鬼畜」特集が組まれた。そして、鬼畜界のアイドル的な女性(童顔の美人)が登場し、「男を奴隷にする方法」を語っていた。

ホウ、鬼畜界も男女平等ってわけですか、どんなもんかね、とそれを読んでみたのであったが、私はがっかりした。

いかに可愛い女を演じて男に尽くさせるかとか、男を虜にするための性愛技巧とか、そういったことが少しばかり「鬼畜ぽい」文体で書かれているのだが、なんだ!鬼畜女とか言いながら、フツーの女性誌の恋愛指南と変わらないではないか! いや、これならananのセックス特集のほうが過激なんじゃないか。


「か弱い女を演じて男なんか奴隷にしてやれ!」というようなことが威勢のいい文体で書かれているが、それはつまり、「女の子らしい仕草でカレのハートを射止めよう☆」と変わらないではないか。

「金目当てじゃないふりをしておけば、年上の男も骨抜きだぜ」とか書かれているが、それはつまり、「欲深い女性は嫌われますよ」というむしろ道徳的言説と変わらないではないかっ。

「ココをこーして触ってやれば男はなんでも言うこときくぜ」と書いてあるが、それはつまり、「カレを夢中にさせるベッドでのテクニック☆」と変わらないではないかっ! (しかもたいして役に立たないし!)

わたしは、実に、がっかりした。



その後、「鬼畜」ブームの立役者青山正明自殺が、「彼は実は淋しがりやでマザコンだった」言説に回収される形で語られたり、その青山の死に村崎百郎が人情あふれるセンチメンタルな追悼文を寄せていたりするのを見るにつけ、わたしはすっかり、日本の「鬼畜」カルチャーの素晴らしき人情っぷりに呆れ果てた。今回の村崎の死の語られ方にも、同じことを感じている。


という思い出話を以って、村崎の追悼としたい。




森毅

さて、ほぼ同時期に、森毅の訃報も聞いた。

人の談話をダイナミックに編集する新聞が、森毅の談話をのせるときだけは忠実に関西弁再現するのをいつも面白く眺めていたので残念である。

森毅には思い出があるので、ちょっと記しておきたい。


小学生の頃、母が、森毅のエッセイを図書館で借りて読んでいた。『まちがったっていいじゃないか』という本だった。

表紙がかわいかったので「それ、どんな本?」と尋ねると、母の言うには、

「これ書いた人は、おもろいおっさんで、京大の先生なんやけど、変人やねん」

ということであった。当時私はマジメな子であったので、変人の書いた本なんて読みたくないと思い、興味を持たなかった。

が、数日後、ひまだったのでその変人の本をぱらぱらめくってみたところ、その数時間の読書体験で私の世界はがらっと変わったのであった。

詳しくは忘れてしまったが、それは若者に向けた本で、そこには、「なんでも『けしからん』ということはない、もっとなんでも自由に面白がったらええんちゃうん」とかそういうことが書いてあった。ようにおもう。

つまり、私が漠然と思っていながら言語化できなかったことが書かれていたのだった。

私は当時、まあ学級会の優等生的な価値観に縛られて生活していたのだが、それを息苦しくも感じ、なんかちゃうなあ、綺麗事やなあ、と感じてもいたのだった。それに、この本は、私の文章観も変えた。私は、作文とか日記とか文章というのは、道徳的なことや「~しなければならない!」みたいなきちんとした正しいことを書くものだ、と思い込んでいたのだが、この本によって、文章とはなんでも自分の思ったことを書いていいのだということを知った。森さんの本を読んでよっぽど気がラクになったのか、その後数日、この本を抱いて寝ていたことを覚えている。「図書館に返してほしくない」と主張すると、母が見かねて本を買ってくれた。



この本には、その後長らく目を通していない。

森毅のポジションに関しては、しょせんぽすともだんムードにのって無責任なこと言うてたインテリやん、みたいな批判も耳にする。私も、今読むと、また違った感想を持つかもしれない。

だが、森本によって、文章観を(おおげさにいえば人生を)変えられたことは事実である、ということをここで告白しておく。また、森毅は、私に、「京大」を「変人が行くところ」として意識させてくれた最初の人でもある。



まちがったっていいじゃないか (ちくま文庫)

まちがったっていいじゃないか (ちくま文庫)

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