Hatena::Groupacephale

名菓アカデ◎ミズモのかわいそうな牛 このページをアンテナに追加

アカデミズモは、アカデミズムの裏庭。そこには亀たちが棲んでゐます。



もともとは「京都アカデメイア」スタッフのグループブログの一つということで始めたブログですが、現在は個人的な雑記として用いています。心にうつりゆくよしなしごと等を記録することとします。

■写真主体のブログはこちら:
京都ぬるぬるブログ
http://yaplog.jp/maternise/

(パイロン、貼り紙、絵馬、動物、犬など)

■LINEスタンプ各種発売中です:https://store.line.me/stickershop/author/52173/ja

■京アカでの書き物:
「精神分析とジェンダー」ブックガイド
書評『バンギャル ア ゴーゴー』
書評『摂食障害の語り 〈回復〉の臨床社会学』
書評『勝手にふるえてろ』



カテゴリー




2017-02-02

モモコ、姉になる

| はてなブックマーク -  モモコ、姉になる - 名菓アカデ◎ミズモのかわいそうな牛

ついに姉になりやがった―――。

モモコの嘘には既に馴れてしまったが、何故姉にまでなる必要がある?

母は呆れ果てながらしばらく、インターフォンの前に立ち尽くしていたという。





母が、最初に神田モモコの家を訪ねたのは、今から一年以上前のことになる。

初回、母は、その若い女に対して、別段何の印象も持たなかった。

モモコは、子供が急に熱を出して医者に診せることになったため、今あいにくお支払いできる持ち合わせがないのだと、すまなそうに説明し、後日、販売店まで代金を支払いにいくことを約束した。

そうですか、お大事に、と軽く挨拶して、母はスクーターで去った。

後々、あんなに頻繁に「子供が急に熱を出す」ことになろうとは、予想だにしなかった。


モモコの家は、われわれの住む下町をやや離れた新興住宅地にある。本来、そこは、母の担当エリアではなかったのだが、前の担当が腰を痛めてパートをやめてしまったため、母と他数名の集金員が、その人の担当エリアを分担することになったのであった。このエリアは、我が家からは、けっして近くはない。 近くはない一軒のためにわざわざ集金に出向いても、相手が不在であること、或いは、持ち合わせがないと言って断られることは、しばしばあることであり、それが一、二度であればさして気にもならないが、二度三度と続けば否応なしに相手に対する苛立ちの感情が芽生えてくる。集金される側からすれば、月に一度顔を合わせるだけの集金のおばちゃんが自分に対し何らかの感情を継続的にもっているとは思いも寄らぬことであろうが、集金する側としては、癖のある客に対しては、案外特定の感情を抱くようになるのであった。


とりわけ、集金員に強い印象(勿論悪い意味での)を与えるのは、「この時間に来てください」と時間を指定しておいて、いざ行ってみれば家にいない、という客、しかも、一度のみならず何度もそうした無駄足を運ばせる客である。

翌月、電話で都合を聞いたところ、モモコはおっとりとした口調で、 「27日の夕方4時以降なら家におりますから」 と言ったので、母は、27日の夕方4時以降にモモコ宅を訪問したのであった。 ところが、インターフォンを押せど、返事はない。 携帯電話もつながらないので、母は、その日は諦めて引き返し、翌日、同エリア内の他の家を集金したついでに、もう一度モモコ宅にも寄ってみた。インターフォンを鳴らすと、果たしてモモコは出てきた。

「昨日いらっしゃると聞いたので、お伺いしたんですけど」

との母の言葉に、モモコはやはりすまなそうに、

「申し訳ないです、昨日は子供が急に熱を出して、お医者さんに行くことになって」

説明した。 先月のことをぼんやりと思い出しながら、よう熱を出す子やな、と母は考えた。

「そうでしたか、大変でしたね」

ねぎらいつつ、母は手際よく伝票を繰った。

「では、今月分3058円お願いします」 。

数秒の沈黙ののち、モモコは言った。

「それが、昨日子供をお医者さんに連れていって……、お医者さんに行った帰りにお財布を落としてしまって、警察には届けたんですけれど、……今、一円もないんですよう」

はるばる訪問して集金できないことは集金員たちにとってはそう珍しいことではない。何度も訪問したのに客が不在であった場合は、当人に、販売店まで代金を持って来てもらうシステムになっている。だから、そのときは腹立たしく思いはしても、後に販売店まで代金を持って来てくれさえすれば特に問題はないのである。このときも、数日後、モモコ本人がちゃんと金を払いに来たという連絡が販売店からあった。

しかし、モモコは、そのどこか奇妙な言い訳の仕方が、母に、すっきりとしない印象を与えたのだった。


翌月の集金日は、その年初めての真夏日であった。 やはり事前に電話をかけ、25日の日中なら在宅であるという約束を取り付けた母は、熱されたスクーターに跨り、決して近くないモモコ宅まで赴いた。 インターフォンを鳴らすも、またもモモコは不在であった。 無駄足もこう二、三度と続くと行き場のない憤りが芽生える。況や、炎天下である。

とはいえ、客が不在なのではどうしようもない。母はもやもやとした苛立ちを抱えながらも一旦家に帰り、夜にモモコに電話を入れた。 相変わらずおっとりとした口調で、モモコは電話に出た

神田さん、25日に来るようにと仰ったんで今日伺ったんですけれども。いらっしゃらなかったようですけれども」

「どうもすみませんでした、明日の夜ならおりますので」

「では明日お伺いしてよろしいですね」

翌日は流石に、約束通りモモコは家にいた。「確かにいただきました」。母はひと月分の新聞代を徴収した後、自分の娘と同じ年頃であるこの女に、ついつい説教めいたことを言った。

「こちらも都合がありますから、おられると言っておられないというのは、困ります」

すると、モモコは、母にとって馴染みのものとなりはじめた申し訳なさそうな口調で、言った。

「本当にすみません、あのう、昨夜は……実家の母親が倒れて、急に戻らなくちゃいけなかったものですから」

息子の次は、母親が倒れたというのである。 よう倒れる一族やのう! と言いたくなったのを抑え、 「大変でしたね。そういえば先月なくされたっていうお財布、見つかりました?」 と尋ねてみた。

「それが……、警察にも届けたんですけど、やっぱり見つからないんですよう」


その翌月も、翌々月も、モモコは、実家の母親がまた倒れた、夫の母が具合が悪い、また子供が熱を出した、と理由をつけては不在であり、やっと捕まえたかと思えば、やはり何らかの理由をつけて、今持ち合わせが1000円か2000円しかない、などと言い、支払いを拒否するのであった。

新興住宅地の一軒家に住むこの若い母親が、金に困っているようにもちょっと見えなかった。集金に来るとモモコはいつも、派手ではないが流行のデザインの洋服を纏って現れる。金がなくて支払いを拒否する家は時々あるが、モモコに限ってはそういうわけではなさそうだった。実際、持ち合わせがないと言った月でも、その一週間以内には、モモコはきっちり販売店まで代金を持っていっていた。また、集金仲間の話によると、モモコの夫は、名のある企業に勤め、それなりの収入があるとのことだった。

そうこうしているうちに、夏と秋が過ぎ、冬のみぞれの中スクーターを飛ばして数度無駄足を踏まされた母は愚痴をさんざん家族にこぼし、モモコの名は集金員の家族もよく知るところとなった。まともに集金できたのは一、二回のみという勝敗状況で、冬も明け春が来た。


その月の集金日は連休前であった。 何日か前に電話で在宅日を尋ねたところ、「連休前の夜でしたら家にいます」という返事であったのだ。集金鞄を用意してスクーターに乗ろうとしたときに、母は、何度もこの女の言葉を信じては無駄足を踏まされてきたここ何か月の苦い経験を思い出し、念のため、訪問する前に電話を入れた。 果たして、モモコは電話に出た。勇んでこれから集金に行く旨を告げると、モモコは言った。

「あ、申し訳ないですう、これから夫の実家に行くことになってしまったんですよお」

「あらそうですか。では、急いで伺いますね」

「いえ、もう今すぐに出なくちゃいけないんで」

今夜なら家にいると言ったでないか! しかし、ほらやっぱりこれだ、事前に電話で確認してよかった、と母は思った。

「では、明日お伺いしますね。明日の夜ならご在宅ですか?」

「それが……、夫の実家に長い間泊まることになって、夫の実家は遠いんで、連休明けまで帰ってこれないんですう」


連休明け、母は改めてモモコ宅を訪問した。インターフォンを鳴らすと、モモコは不在であった。 携帯電話に電話をすると、 「今、買い物に出てまして、10分ほどで戻りますう」 とのことであった。

いったん家に帰るのも面倒であるので、モモコを待つ暇をつぶす間、母は、モモコ宅の隣家の老婦人に話しかけた。老婦人は、やはり小奇麗な一戸建ての庭でガーデニングの最中であった。

「今日も集金? お疲れさま」

以前にも、外出中だというモモコを待つ間、ガーデニング作業中だったこの婦人に、やはり庭仕事を趣味とする母が話しかけたことから、少し言葉を交わすようになったのであった。

「お隣の神田さんが今日もいらっしゃらなくて、待ってるところなんですよ」

「そう、いつも大変ねえ……あ、これよかったら、また種が余ったからお裾分けするわね、ちょっと変わったお花なのよ」

「有難うございます。……あの、神田さんって、しょっちゅうお出かけされてるんですか? いつ来てもいらっしゃらないことが多くて」

「ああ……、お隣さんのことは、よく分からないのよねえ」

「そうですか、なんだかこの間の連休もずっと、旦那さんのご実家に帰っていらしたとか聞きましたけれど」

「あら、そうなの?」

老婦人は、訝しげに首を傾げた。

「連休中はずっと、そこの公園で、神田さん、お子さんを遊ばせていらしたけれどねえ」


****


モモコがついに姉になるという事件が起きたのはその翌月である。

季節は初夏になろうとしていた。モモコ宅に集金に通い始めてそろそろ一年が経つ。

いつも通り母は、指定の日時にモモコ宅へ集金に訪れた。期待せずにインターフォンを押すと、珍しく応答があった。 今月はちゃんと約束を守ったか、と安堵しつつ、「K新聞の集金です」と告げると、インターフォンの向こうの声はこう言った

「あー………、すみません、あたし、モモコの姉なんですよお」


姉の話によると、妹は現在不在であり、姉である自分がその間の留守番をして子供の面倒を見ているということであった。

「妹は、大阪まで、友人の結婚式に行ったんです」

しかし、その抑揚の乏しい、おっとりとした喋り方は、紛れもなく、母がここ何ヶ月かですっかり聞き慣れてしまった、モモコ本人のものであった。

「そうですか、では、夜に改めて集金にお伺いします。何時頃帰られますか」

「えっと、それが、大阪のかなり遠いところなんで、かなり遅くなると思うんです」

「構いませんよ、お帰りになったら連絡いただけるよう、伝言お願いできますか」

「えっと、あ、……妹は、今夜は泊まってくるって言ってました」


金が払えないわけではないだろう、ひと月に一ぺん玄関先まで出てくることがそんなに負担であるわけでもないだろう。

なら、何故意味のない嘘をつく?

何故、毎回毎回、子供や母が倒れたり、3000円やそこらの金が無いと言ったり、姉のふりをしたりする必要がある?

母はスクーターを飛ばしながらも、頭の中はぐるぐると回り続けていた。

腹を立てるべきなのか笑ってしまうべきなのか、判断できず茫然としたまま帰宅すると、娘が母を迎えてうきうきと訊いてきた。

「モモコ、ちゃんと家におった?」

モモコはその度重なる虚言エピソードによって、集金員の家庭内ですっかり有名人になってしまっており、娘はあたかも連続小説の続きでも知りたがるように今月のモモコがどんな嘘をついたかを知りたがるのだった。

「おった………けど………」

「けど?」

母は叫んだ。


****


モモコが「新聞を止めてほしい」と言ったのは、その翌月のことであった。

その月、モモコは珍しく、一回目の訪問で捕まえることができた。 機嫌よく、母は3058円を徴収した。そのとき、モモコが言い出したのだった。

「あのう、あたし、今月いっぱいで新聞代とか払えなくなるんです」

「え?」

「それが……離婚をすることになったんです、そうしたら、母子家庭になってしまうんで、この家も売ってしまわないといけないですし……、あと、子供もずっと入院中で医療費もかさんでますし、貧乏になるんです」

突然の身の上話に、母は、 「まぁ、大変ですねえ」と返すしかなかった。


まあ、離婚するのだかなんだか知らないが、新聞を止めてくれるのであれば有難い。面倒な客が一人減ることになる。集金は出来高制であるので、一軒の集金にどれだけ時間をかけたところで給与が上がるわけではなく、手間を取られるだけなのである。


だが、その次の月の伝票にも、神田家の名はあった。例によって母は、指定された時間にモモコ宅を訪れた。例によって、モモコは不在であった。例によって携帯電話もつながらなかった。

母は、今年も強くなり始めた日差しの中、汗ばみながら、ぼうっと、不在の家を見上げた。

こうするのは、モモコ宅を担当して以来何度目のことだろう。 離婚をするので売り払わなくてはいけない筈の家には、新しく、車庫が増築されていた。

手持ち無沙汰になった母は、例によって隣家の庭へふらっと立ち寄った。老婦人は涼し気な格好で、庭に水を撒いているところであった。母が声をかけると、老婦人は顔を上げた。

「あら、また集金? 暑い中お疲れさま」

老婦人の足元では、夏の花が開き始めていた。先日貰ったのと同じ種が育ったものかもしれない。母はといえば、あれからなかなか種を植える余裕がなく、種はまだ種のままであった。

「今日も神田さんお留守だったのかしら? 大変ねえ」

老婦人は苦笑いをした。

「ええ、色々お忙しいみたいで。……あの、神田さんのお子さんって病弱なんですか? 入院なさってるって聞きましたけれど」

老婦人は、また怪訝な表情になった。

「本当に? お子さんならいつも、そこの公園で遊んでるのを見るけれどもねえ」


家に帰り、母は、受話器を握った。 そして、禁じられていた番号をダイアルした。 腰を痛めた前担当の集金仲間から教えられていた、モモコの夫の仕事先の電話番号である。 販売店からは、顧客の家庭にもめごとを起こすようなことはしないでくださいと止められていたのだが、知ったことではない。 数回の呼び出し音と取り次ぎの後、モモコの夫が電話口に出た。(これが、あの女の夫の声か……)と母は、よく分からない感慨に耽った。モモコの夫は、確かにモモコより若干年長らしい、落ちついた声であった。しかし、同時に、どこかその妻を思わせるようなぼーっとした喋り方をする人物でもあった。 人の好さそうなその男に向かって、母は、早口で訴えた。


「ええ、そうなんです、毎回、おられると仰った時間におられないので、困ってるんですよ、それにいつも1000円しかないとか、2000円しかないとかで、お金もなかなか払っていただけないんで、ええ、ご主人からもっとお金を渡しておいていただけると有難いんですけれど、あ、でも、離婚してしまわれるんでしたっけ、ええ、奥様そう仰ってましたよ、それにお子さんも入院されてるみたいですし大変ですよねえ………あ、そういえば、いつか倒れられたっていうご主人のお母様、もう大丈夫ですか?」


「離婚」「入院」という言葉が出るたび、受話器の向こうの空気が徐々に変わってゆくのが伝わってきた。人の好さそうな夫は終始、 「はあ……、はあ」 と抑揚のない相槌を打ちながら、圧倒されたように母の訴えを聞いていた。

次に母は販売店に電話をかけ、捲し立てた。

「とにかく嘘ばっかりなんですよ。子供が倒れたとか入院したとか言ってぜんぜんお金を払わないし、この間は、新聞を止めるとか言って結局止めてないし、申し訳ないですけど、あの家は、私はもう担当できないです」


それからしばらく後、販売店から、神田家はもう今月限りで新聞を止めると言っており来月が最後の集金になるので、その一回だけ我慢してほしい、という連絡があった。 最後の一回、母はモモコに電話をかけ、いつもの通り、在宅日時を尋ねた。

「確実にいらっしゃる時間を教えてください」

母が厳しい声で念をおすと、モモコは妙に畏まって答えた。

「はい、確実に、確実におりますから!」


その月、指定の時間に、モモコは確かに家にいた。母は何ら支障なく3058円を徴収することができ、モモコはどこか神妙な面持ちでそれを支払った。

「長いことありがとうございました」

と、最後にモモコは言ったのだという。


その数ヶ月後、母は買い物途中に、偶然モモコを見かけた。通りの向こうから、若い母親が子供の手を引いて歩いてくるのが見えたかと思えば、久々に見る顔であった。

向こうもほぼ同時にこちらに気付いたらしく、何を思ったか、不自然に顔をそむけ、あからさまに母から隠れるようにして歩いてきた。

母は手を振り、わざと大声で呼んだ。 「神田さーん、神田さーん、ひさしぶり!」 母は満面の笑顔で頭を下げた。

モモコは、嫌そうに顔を上げて母を見ると、弱々しく笑い会釈を返して去った。

2013-05-25

着床出血

| はてなブックマーク -  着床出血 - 名菓アカデ◎ミズモのかわいそうな牛

ちょっと早いが生理かね、と思って処置をしておいたのであったがそれきり出血は止まってしまい、とはいえちょっと出血して止まってしばらくして本格的に出血する、というのもままあるパターンであったので、別にさほど気にしてはいなかったのだが、ふと着床出血という現象があるのを思い出し、急に心配になり出した。



友人が妊娠したときに、最初、生理だと思ったら着床出血だったみたいでねえ、と聞いたことがあった。懐胎したらば例月月経のある頃に、着床を知らせる出血があるのであるという。まあそんな可能性はほぼないんだけど、と思いつつも仕事もちょうど暇だったものだから、目の前のPCで開いていたインターネットブラウザの検索窓に、なんとなく「着床出血」と入れて検索ボタンを押してみると、Q&Aサイトがトップにヒットして、「着床出血ってどんな感じでした?」という質問に何人かの人が答えている。




着床出血っていうのは、受精卵が着床する際に起こる出血で、ごく少量です。生理の開始と間違える人も多いらしいですよ」

「私のときはごく少量でしたよ、生理のときとは違う、薄いピンク色のような血液でした」

「下着に血がちょっとだけつきました。生理にしては予定より早いし、おかしいな~と思ったら妊娠してました」




など。生理にしては予定より早い、少量、薄いピンク。


さっき昼休みにトイレで見た血の色を思い出してみようとするが、薄いピンクだったといえばそんな気もするが、生理の初めはいつもあんな色のような気もするし、そもそも薄暗い照明の中で見た血の色は、もはやはっきり思い出せない。血のついたパンティライナーティッシュにくるんで捨ててしまった。あの出血は今やうっすらした記憶の中にしかなく、そのものとしてはもうない。いつもの経血の色と同じだったような気もするが、違ったような気もしないでもない。



生理にしては予定より早いのはたしかなのだ。

デスクの下で、指を折って考える。


妊娠した可能性があるとすれば、いつだっけあれは、恋人とはしばらく会っていないから、あれは3週間前の週末だ。これを疑惑の日と呼ぶとしよう。

で、排卵日はいつだろうか。

まず、これが着床出血だと仮定して考えてみよう。すると、それは生理が来るはずの日より少し早いらしいから、で、排卵日ってたしか生理の2週間くらい前だった気がするから――昔は基礎体温を測ってたけれど最近忙しいし面倒になってやめちゃったんだよね―― から、そうすると、排卵日は今から2週間以内前であると推定され、疑惑の日と排卵日は1週間以上の開きがあることになり、おそらく精子は1週間以上も生きないであろうから、仮定棄却される。よし。

次に、これが生理の出血だと仮定して考えてもみよう。すると排卵日は、今から約2週間前ということになり、これだと疑惑の日とやや近くなるから、妊娠の可能性が考えられなくもない……ん? あっでも、そもそも生理の出血だと仮定したわけだから仮定に基づけば妊娠の可能性はないわけか。んん!

小学生の頃からずっと計算が苦手だった私の頭はパンクしそうである。同じフロアには数字が得意で頭の切れる同僚がいるが、しかし、こんな計算は頼めない。


それにそもそも――

―― こんなあれこれ考えたってそもそも私は生理周期が一定しないのである。きっかり28日周期という友達もいるけれど、私は20日だったり30日だったりまちまちなのだ。今の計算はあくまで標準的な月経と排卵の周期に基づいたものであって、実際はずれがあるかもしれないし、そうすれば計算も変わってくるし、第一精子だってなんかのミラクルですごく長命なやつがいたかもしれないではないか、人間の身体のことなんて、何が起こるか分からないのだから!

色々計算して考えてみたって、妊娠なんて、してるかしていないか、二つに一つなのだ。



今度は、疑惑の日のことを思い出してみる。避妊は毎回しているはずだ、だが、それだって何が起こるか分からないし、何度かひやっとしたこともあった。もしかしたらあのとき、もしかしたらあのとき、といくつかの場面を思い返してみる。避妊具に破損はなかったであろうか、ちょっと洩れたりしなかったろうか、と思い出そうとしてみるものの、3週間前の、それも夜の記憶なんて既に靄の向こう側であり、いくら遡って再現してみようとしても、不確かな記憶に基づく事後的な再現でしかなく、そう、その瞬間もやはり「そのものとしては、もうない」。

生命が生まれる原因になりうるかもしれないその瞬間が、ここに現前するものとしては「もうない」のである。


嗚呼、こんなことならもっと目を見開いて、精子の行方を一匹残らず確認しておけばよかったぜ。眠かったんだ。

てか、ちょっとした失敗で妊娠とか、そうそうある話なのかね?


生命の誕生が、自分の身体の最重要事項が、自分自身では把握できないなんて! そこで私はまたもインターネットという外部知識媒体に頼ることにする。

職場のPCだしあとで検索履歴消しておかなきゃな……と人目を憚りながら、「避妊 失敗」「避妊したのに 妊娠」などなどのワードで検索をかけると、性や妊娠・出産についての悩みをもつ中高生のためのBBSがヒットした。なかなか息の長いBBSらしく、何十個もスレッドが立っている。

「生理きません(泣) コンドームつけたのに妊娠するってありますかぁ?」という中学生の女の子の質問に、同世代らしき子たちがいくつかレスをつけている。「あるよ~ 気づかないうちに破れたりするからね」というレスの次に、「ありえません、コンドームでの避妊は正しく使えばほぼ100%です、正しく使えてなかったのでは?」というレス。ほぼ同様のレスが交互についているような状態だ。結局どちらか、誰にも分からないのだ。

ネットで調べるといつもこうなんだよね、と思う。以前、飲み会の幹事を任されたとき、店の口コミをネットで調べたが、良い店だという口コミとあそこはダメだという口コミが同じくらい出てきて、しかも双方が全く逆の内容で、結局何を信じたものか分からなかった。

と思いつつ、画面をスクロールしていく。中に、ずいぶん攻撃的なレスもある。

「妊娠オメwww 厨房が軽率にSEXした報いだねww 彼氏には逃げられるだろうねw 中卒でシングルマザーになってくださいww」


見ず知らずであろう人物がなぜ質問者をこんなに攻撃しているのかは分からないけれど――私はふと考える、この子は中学生だから「軽率」と言われているが、20代の私が妊娠しても、やはり同じように言われるのでないか。未婚だし、結婚の予定は無い。恋人はまだ学生なので、もし今結婚したり出産したりするとなると私が稼ぐことになるが、現在の派遣の給与では難しそうだ。非正規雇用だから産休もとれない。しかし、一体いつだったら妊娠は「軽率」ではないんだろう?

暗い気分になってきた。トップページに戻り、スレッド一覧を見る。いろいろなスレッドがあるが、思わずつっこみたくなるものもある。「排卵日って何月何日なんですか?」という質問や、「中で出しても洗ったら大丈夫だよね?」という質問。今の子って、教育を受けてるはずなのに、全然正しい性知識無いじゃん! と思うけれど、一方で、自分の身体のことであるのに何も分からずこんなBBSを彷徨っている私も同じなのだ。



そんな中に、ひときわレスの伸びているスレッドがある。開いてみると、「水子祟りについて」というタイトルであった。

「去年に望まぬ妊娠をして、中絶をしました。お腹の赤ちゃんには今でもゴメンナサイって思っています。最近、家族が二回も事故にあいました。これってやっぱり水子祟りでしょうか?」

というスレッド主に対し、「私も中絶をして水子に祟られている」というレスが続々とついている。

なんてことだ。これがIT革命後の世界なのか? これが21世紀なのか?

溢れ返る情報の中で、ほんとうにこの子たちに必要な情報だけがすっぽりと抜け落ちているんだ。


スレッドは途中から、スレッド主たちを叩くいわゆる「荒らし」によって荒らされていた。

中絶女は人殺し」というハンドルネームをもつその「荒らし」は、「人殺し死ね人殺し死ね人殺し死ね」と同じ文言を繰り返している。その合間を縫うように、少女たちの発言がある。このスレッドの書き込みは、他のスレッド文体とどこか違って、何とはなしに神妙な文体だ。どうも使い慣れないらしいその文体で少女たちは、「私は赤ちゃんを殺しちゃったこの罪を背負って生きていかなくちゃいけないんです」「私は幸せになってはいけないんです、笑顔には戻れないんです」と一様に語る。実際は、色んな事情でそれぞれがそこに到ったのだろう。しっかり避妊したはずが失敗しちゃったとか、何か産めない事情が生じたとか。しかし、皆の語り口は一様に、「騙されて遊ばれた軽率な女」というイメージに忠実で、その文体からは、一様に、「堕胎した女」というスティグマとそれにまつわるクリシェで作られた、青白い泥人形の像しか浮かんでこない。そういえば中学生の頃の道徳の時間、あれは当時の性教育の一貫だったんだろうか、暗い短い小説を、女子だけ読まされた記憶がある。男の先輩に遊ばれて中絶することになった女の子の話だった。読んだ後、「いやだねー」「こわいねー」「この男最低」と友達と感想を言い合った記憶があるけど、その中で妊娠中絶というのは、それによって市民社会から追放されて二度と帰ってこれないような、そんな怖ろしいものとして書かれてた。女の子はクラスでも家でも爪はじきにされて、ひとり落ち込んでいるところで小説は終わったんじゃなかったっけ。

当時の友達は去年妊娠して、

「でも妊娠したの知らずにしばらく薬飲んでたからさ、産むのどーしますか? って医者に訊かれたよー」

と軽く語っていたけれど。



女の子たちの告白と、「荒らし」の罵倒を交互に読み流しながら、私も妊娠してたらやっぱ中絶することになるのかな、と考える。これがあと数年遅かったら、産むかもしれない、けど。

そうしたら私も、青白い真面目な文体で、「幸せになってはいけないんです」と書くのだろうか、それ以外の文体を許されなくなってしまうのだろうか。

ところで妊娠していたら、恋人には何て報告しようか。もうすぐ大事な試験らしいから、今告げたら混乱させるかもしれない。でも告げるなら早いほうがいいよなあ。ああ身体は、試験のスケジュールなんて関係ないんだよなあ。こんなときに私の身体がややこしいことになって恋人に申し訳ない。いや、なんで申し訳ながらなきゃいけないのか。そうだとしたら、半分はあんたの精子じゃん。いや、しかし私がもっとちゃんと気をつけているべきだったのか。私一人で婦人科に行くべきか、彼には隠しておこうか。考えるうちに、更に暗い気分になってくる。ていうかそもそも、私、孕んでいるのであろうか?


で、思考は元の血の色に戻る。ピンクの瞬間に思考は固着し、何度もそこに戻っていくけれど、でもそれはごく弱い網膜の記憶にあるだけで、「そのものとしてはもうない」のだ。何度も思い返すうちに、ピンクは薄くなったり濃くなったりしてる。

そうこうしているうちに、体調がおかしくなってきた。動悸がするし、気分が悪い。これはやはり、ちょっと普通ではないのでないか。もしや妊娠初期の症状ではないだろうか?いや、悪阻ってもう少し後のはずだっけ……

とりあえずトイレに立つと、すれ違った同僚が、「あれ?顔色悪くない?」と言う。手洗いの鏡の前を通りすぎるとたしかに、本格的に血の気の無い顔をしている。これはおかしい。


とかく個室に入って下着を下ろすと、出血していた。


この出血量は、経血である、間違いない。

月経開始は憂鬱なものだが、雲が晴れていくような、小躍りしたいような気持ちであった。

そうか、動悸がしたり気分が悪かったり顔色が白かったりしたのは、月経に伴う症状であったのか。

あれ、そもそも、何で妊娠してるかもなんてぐるぐる考え出したんだろう。冷静に考えたら、そんな可能性はほとんど無いんだよね。ネット見てるうちになんか変になっちゃった。ああそっか、こうやって、不合理なことをぐるぐる考えてしまうのって、私、生理の前にやってしまいがちなんだよね、これもPMS一種なんじゃないかな? PMSって「ああ、今のはPMSだったんだ」っていうふうに、いつも事後的にしか、それと分からないんだよねえ。


個室から出て手を洗うと、鏡に映る顔にやや赤みが戻っている。顔色が悪かったのは、BBSの変な書き込みを見て、心配したり暗い気持ちになったりしたせいもあったのかもしれない。


そろそろ仕事に取りかかろうとデスクに戻る。席を外していた間にウイルスソフトが不穏な音を立て、スキャンを始めており、PCの動作が重い。

2011-01-09

婚礼と選択

| はてなブックマーク -  婚礼と選択 - 名菓アカデ◎ミズモのかわいそうな牛

父方いとこたちが皆、当たり前のように就職後すぐ結婚し子を設けてゆくのにに対し、たくさんいる母方いとこのうち誰ひとりとして年頃になっても結婚する気配がなかったのであるが、わたしはどちらかといえばこの母方親族のコミュニティのほうに帰属意識をもっていて、その母方従弟のひとりがついに結婚することと相成り、たまたま親族が集ったところへ花嫁さんを連れてきた。

ちょっと癖もち者揃いの母方親族の中で、優しそうで朗らかな彼女はさわやかな風のようで、ああ何か新しいことが始まるんだなと思え、他人の結婚などまったくめでたくもないしうっとうしいだけであると常日頃思っている捻くれ者のわたしも、気分が浮き立った。花嫁さんは、やかましい叔母たち(母方は女系家族なのである)の与太話に終始笑顔で付き合ってくれた後、他の家に挨拶に行くからと従弟と連れ立って去っていった。


カップルが去った後、親族たちは会議を再開した。


そもそも今日親族たちが集まったのは、祖母の治療方針をどうするか、という会議のためであった。

連休明けに、主治医に返事をしなくてはならないのだ。

治療方針をどうするか、とはこの場合はすなわち、どこまで・どのように延命をするのか・つまり、どこで・どのように延命をしないことにするか、ということだ。それは、かなり、大きな選択だ。

といってもわれわれ孫世代はあまり口出しすることもないので、子世代の逡巡の様子を横で眺める態勢となった。


選択肢は三つあった。

ひとつめは、強力な治療を試みるという選択。これでいくらかは寿命が延びる可能性があるという。しかし、身体が負担に耐え切れない危険性もあるし、そもそも身体が衰弱しきっているのであるから寿命が延びるといったところで一年や二年も延びるわけでもない。

ふたつめは、穏当な治療を続けるという選択。治療というよりは、ゆるやかに死に向かわせる方法である。この方法なら大きな身体的苦痛を与えずに済むが、長くもって数ヶ月であろうと医師は言った。しかし、ひとつめの方法をとったところで半年もたないであろうことを考えれば、ふたつめの、短くとも安らかな方法を採るほうがよいのかもしれない。

ここでわたしたちは、「半年」と「数ヶ月」の差について考える。もはやほとんど何も意思を表さない祖母にとって、その差には何らかの意味があるのであろうか。何かやっておきたいことがあるとでもいうのならともかく、今の祖母に、少しでも長く生き延びることに、何か意味があるのであろうか。と考えた途端、その考えは傲慢だとも思う。意思を表さないことは意思がないこととイコールではないし、生に意味があるかどうかなんて、誰がジャッジできるんだ、祖母本人にも分からないかもしれないのに。そもそも、意味がないことと死んでもいいということはべつのことのはずだ、と思いなおす。

みっつめは、何もしない、という選択。そうすると、ほんとうに、ただ、終わりを待つだけになる。入院当初は考えていた、こうした状態になったらば家に連れ帰り何もしないで見送るのが本人のために一番よい、と。おばあちゃんだってそれがいいはずだ、というのが皆の共通認識のはずであった。しかし、一度「治療」を始めてしまった今となっては、この選択肢は残酷なものに見えてしまう。この選択肢はすぐに却下され、実質上、ひとつめとふたつめの間で叔父叔母たちは選択を迫られることとなった。


親族たちがこうして大きな選択を迫られる様子は、これまで、ドラマやドキュメンタリ番組やなんかで見たことがあった。そこではたいてい、どこか薄暗い一室に深刻な顔をした者たちが集まり、涙ながらに決断がなされる。だが、今、親族たちは、日曜のしょうもないテレビ番組が流れる部屋で、ある者はこたつにもぐり、ある者はせんべいをかじりながら、大きな問題を考えているのだった。

「……難しいな」、沈黙ののち、叔父が口を開く。長男であるということもあり、また長年ひとりで介護をしてきたということもあるので、最終的な決定は叔父にゆだねられているようだ。「どう治療してあげるかやのうて、どう見送ってあげるか、っていう問題やから、余計難しいな」。一同は沈黙に沈む。「おばあちゃんは、どう見送られたいんやろな」「それがもう今となっては分からんもんな、元気なときやったら、ああしてほしいこうしてほしいてあったかもしれんけど」「本人の口から、もう言えへんからな」。

ドラマであればこうしたとき、「家で看取ってあげたい!」とか「最後まで治療してあげて!」とか涙ながらに主張する人が現れたりする。だが、祖母の子たちは誰一人積極的な意見を出さない。皆、どうするのが正しいのか、様子を伺い合っては口ごもり合っている。つまり、皆、分からないのか。大人になるとそうしたことの決断ができるようになるのだと思ってきた、正しい答えが分かるものなのだと思ってきたが、いくつになってもそれは、分からないことだったのだなと思う。


だが、現実問題として、あさってまでに期限を切られ、われわれはあさってまでに祖母の命を左右する決断をしなくてはならない。


叔母はせんべいの袋を開ける。「あんた、何枚目やな」「二枚目」「あんた、ここ来てから食べてばっかりやがな、せんべいの前はみかさ食べてたし」「せやけど、ひと月に一日だけ800kcalに抑える日を作るだけで、痩せるらしいで」。「皮下点滴やったら、栄養は摂れへんのか」。別の叔母が訊く。「皮下やから、栄養分は入れられへん。水分を補給するだけ」「ほな結局、徐々に衰えていくていうことになるんか」「そういうことやな」「発明家のお宅拝見やて。誰やろ。ドクター中松ちゃうか、30億の豪邸やて」。テレビに「発明家、30億の豪邸」というテロップが出ていた。「30億の豪邸なんか、そんな贅沢、要らんわ、私、私やったら3億あったらそれでええわ」「私なんか1億でええわ」。テレビに豪邸の持ち主が登場する。「中松やて。やっぱりドクター中松やん」「中松の息子ちゃうん、若いやん、どう見てもドクター中松本人とちゃうやん」「ドクター中松って息子いたん?」「知らん」「最近ドクター中松って見いひんけど、どうしたはるんやろ、一時期はジャンピングシューズいうたかな、あれでようテレビ出てたけど」。「そんで、おばあちゃんのこと、どうするんやな」。

一同、話題を戻す。

「家で看取るんは、やっぱり無理やろか。訪問のお医者さんに来てもろて」「難しいやろ。入院してたら24時間看てもらえるけど、訪問ではそうも行かんし」「せやけど、もし危なくなったら、個室に移らせてもらえるんやろか。今の部屋は他の患者さんもやはるさかい……」

叔母たちは、祖母の同室の患者の噂話でひとしきり盛り上がり、爆笑する。「そんで、おばあちゃんのこと、どうするんやな」。


わたしは、いつか自分も自分の親についてこのような選択をするときが来るのであろうか、と思いながら祖母の子たちの様子を見ていた。他の孫も、同じ気持ちで見ていたに違いない。


「やっぱり、皮下点滴で、穏当に続けてもらうのがええんやないやろか、無理な治療で体に負担をかけるよりも、という気がしますけど」「あんたは?」「私もそのほうがええかなという気はするけど。最終的な判断は兄さんに任すけど」「あんたは?」。普段喧しい叔母たちは、これまでにない、歯切れの悪い話法で話した。皆、どうするのが正しいのか、分からないことなのだ。「皮下やったら、どれくらい、桜の咲くまではもつかなあ」「桜の咲くまでか。それまでもってくれたらええけどな」「桜がはよはよ咲いたらええんやわ」。一同は笑った。「まあ、どうなるか、なってみんと分からんちうことやな」


「しかしそれやと、重なるかもしれん。そうなったらどうする?」

叔父が言った。


「重なる」とは、「従弟の婚礼の日に重なる」ということである。祖母を近く看取る選択をするのであれば、その日が、間近に迫った従弟の結婚式と重なる可能性があるが、その場合はどうするのか、ということである。かつてあったであろう(今もあるかもしれない)祖母の意思を汲み推し量って方針を決定することばかり考えていたが、そうか、子以下の世代の都合に合わせて治療方針を ――つまり、祖母をいつまで・どのように生かすかを―― 決定する、ということができてしまいうるのだ、ということに、今更ながら思い至り、わたしたちは。






最近のコメント