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名菓アカデ◎ミズモのかわいそうな牛 このページをアンテナに追加

アカデミズモは、アカデミズムの裏庭。そこには亀たちが棲んでゐます。



もともとは「京都アカデメイア」スタッフのグループブログの一つということで始めたブログですが、現在は個人的な雑記として用いています。心にうつりゆくよしなしごと等を記録することとします。

■写真主体のブログはこちら:
京都ぬるぬるブログ
http://yaplog.jp/maternise/

(パイロン、貼り紙、絵馬、動物、犬など)

■LINEスタンプ各種発売中です:https://store.line.me/stickershop/author/52173/ja

■京アカでの書き物:
「精神分析とジェンダー」ブックガイド
書評『バンギャル ア ゴーゴー』
書評『摂食障害の語り 〈回復〉の臨床社会学』
書評『勝手にふるえてろ』



カテゴリー




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2015-06-10

poillon20150610

宣伝:LINEスタンプ発売中

| はてなブックマーク -  宣伝:LINEスタンプ発売中 - 名菓アカデ◎ミズモのかわいそうな牛

LINEスタンプとやらをつくってみました。

「ホル子17歳」、よかったら使ってください!

https://t.co/wWdMNVKyG5


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現在、主に本人が喜んで使っている状態です。

2014-12-31

私がオバさんになっても(10年前について所感)

| はてなブックマーク -  私がオバさんになっても(10年前について所感) - 名菓アカデ◎ミズモのかわいそうな牛

10年前の今ごろ、私は26歳を目前にしていた。

26歳は私にとって特別な鬱年であった。母が私を産んだのが26歳だったからだ。自分はとうに生殖年齢に達しているのだ、ということを嫌でも感じさせられる年であった。

だが私は、産む産まないを考える前に、完全に「女性性」を(昨今よく用いられる表現でいえば)「こじらせて」いた。「女性性をこじらせる」ということについて厳密に記述しようと思えば面倒なことになるのでここでは「こじらせる」という表現の絶妙さに頼ることとしておくが、女であることをめぐる諸々の病理や違和感や欲望と上手く付き合えていなかった、くらいのことと思っておいてほしい。


ネットには、同じく、こじらせている女の子たちがいた。

私は日々、彼女らのサイトやブログ(というものは当時まだマイナーで「ウェブ日記」とか呼ばれていた)を巡回していた。

彼女らは、いわゆる「ネットアイドル」だったりした。

自分と同じ年頃、25歳前後の彼女らは、「アイドル」というには年かさで、また心理社会的には既に「アイデンティティ」を確立していてしかるべき年齢のはずであったが、皆、自分が何かになれること、自分が特別であることを未だ夢見ているように見えた。そして自分と同じく、女であることをめぐって何かの困難や何かの問いを抱えているように見えた。そしてその問いが、症状に転化しているように見えた。

川村邦光のいう「オトメ共同体」のようなものを、私はそこに見ていたのだけれど、だが戦前の少女文化の中に川村が見出した「オトメ共同体」とは異なり、オトメたちは相互の紐帯を築いていたわけでなく、バラバラに存在していた。皆それぞれが、星座を成しつつ孤立して瞬くお星様のような存在であった。そして私は差し詰め、お星様を下界から見上げるだけの存在だった。彼女らに共感しながら声をかけることはできず、まさにアイドルに焦がれる少年のごとく一方的に覗き見るばかりであった。私は彼女らに共感しながら、自分が「彼女らのネガである」ような感覚を覚えていたのだった。その感覚は何だったのだろうか。


耽美的なポエム。微妙な笑顔の自分撮り。無表情で口を半開きにした自分撮り。ロリータ・ファッション嶽本野ばらYUKICocco。林檎。の模倣。彼氏とのセックスの記録。服薬記録。加工されたハルシオンのシートの画像。加工されたリストカット後の画像。加工された裸の画像。心配してくれる彼氏。当時出現したばかりの言葉でいえばいわゆる「メンヘラ」たちといえるのだろうが、この語は雑なので使いたくない。たしかにそのサイトやブログにはヒステリー的(古典的意味での)雰囲気が漂っていたけれども、「お星様」であることは、実際の精神医学的診断的な健康不健康とはとりあえず関係がない(また診断がついていたとしても多様であろう病態を「メンヘラ」の一言で包括するのは至極乱暴)。或いは健康不健康をいうならば、当時の私もけっして健康とは言えなかっただろう。

そうか、私たちは同じ世代の似た病みをもった者たちだったのだろうが、アクティング・アウトするか否かが分かれ目であったのかもしれない。ここでいうアクティング・アウトとは、何というか、身体を使って自分をショー化してみせること、それによって「特別な私」へと飛躍する(しようとする)ことだ。私はアクティング・アウトできなかった。身体を使えなかった。それゆえに私は彼女らに、「私のポジがあそこにいる」という一種のねたましさを覚えたのだと思う。


むしろ、自分自身と自分の身体や自分の外見のあいだに溝があってそれを越えられない、それが私の難儀さであった。一方お星様たちは、それらがぴったりと埋められているような(埋めようと行動化しているような或いは予め埋められているような)、そんな感じを覚えたのだった。

私が強烈に覚えているのは、やはり同年代の、或る女性のブログだった。

彼女に恋し振り回されたことによってひとりの男性が破滅した(らしい)とき、彼女は、

ファム・ファタール――運命の女」

と書いており、それを見たとき、負けだ! と思った。

私は永遠に彼女らを、下界から見上げ続ける者でしかあれないだろう。私は永遠に彼女らに負け続けるだろう。だって私は、自分のことを絶対に「運命の女」とか書けない。自分のことを書くのに「――」とか使えない。全角のダッシュはふたつ、と考える、"ダッシュ"と打って変換キー、と考える、考えるところにどうしても溝ができてしまう。その溝に陥らずに居られない。溝を乗り越える身体性が私にはない。でも彼女にはその隙間がない! 隙間のある者は隙間のない者の崇拝者や目撃者でしかあれないのであり、永遠に負けるのだ。 私は、貴女のネガでございます。


ところが、30歳を越えた頃から、彼女らのサイトの様子が変わり始めた。

30歳を過ぎても、私は時々彼女らのサイトやブログを覗いていた。中にはネットの世界からいなくなった人、名前を何度も変えてるうちにとうとう見つからなくなった人、何人かの人はほそぼそと、自分の情報をupしつづけていた。

更新頻度もサイトにかけている熱意も以前より下がり、彼女らはそれぞれ、結婚したり出産したりしていた。内容は、以前のような、苦悩を耽美的に綴ったものや音楽や本やドールの話から、安定した日常の細々とした幸福に移っていた。

安定するのは良いことだし、苦悩していた女性が歳をとることによって精神的平穏を得られるのは悦ばしいことだと思う。だが私は、「なんだよ!」という気持ちになったのだった。

「運命の女」だった彼女も母親になっており、「若い頃は馬鹿なこともした」とまるで遠い昔であるかのように過去を述懐していた。「なんだよ、私だけかよ」と、私は取り残されたような感を覚えた。なんだよ、私はまだこじらせているというのに!

繰り返すが、私が一方的に彼女らのサイトやブログの読者であっただけで、直接的な関係は何もない。よって完全に私の関係妄想なのであるが、私はまるで「彼女らが私を踏み台にして幸せになった」かのような寂しさを覚えたのだった。



……が。この一年、そうした気分もすっかり薄らいでしまった。

何故そんな関係妄想じみた思いを抱いたのか、その思い自体は覚えているけれどもその感じがもうリアルに思い出せないし、私もすっかり細々とした幸福を垂れ流す側に堕落した(そう、未だ「堕落」と感じてしまうのであるが)。

何故見知らぬ人に対してあんなにも、「私のポジがいる」という強い思いを抱いたのか、と不思議に思う。冷静に考えれば、自分とはなんの関係もない他人じゃないか。

打撃を受けたかつてのブログなどを思い出しても、何故そんなに打撃を受けたのか、もうリアルには思い出せない。おそらくその、存在の強度にアテられたのだろうが。

という意味で、今年は自分にとって、少女期(ずいぶん長い)の終焉を感ずる年であった。以上、私でない人にはよく分からない話かもしれないと思うんだけど、自分の感覚の変化を覚えておきたいので、自分用記録として書いておきたかった。

少女でなくなるとは健康になることだ。今、10年前に較べればとてもラクだ。が、同時に、何かを喪った気もしている。少女期以降は少女期の予後、と言ったのはたしか矢川澄子だが、少女期の予後不良は私のアイデンティティであり、それを切り貼りして何かを書いたりものを考えたりしてきたので、不健康を喪った自分に一体何が残っているというのか。と思うまたその一方で、しばしばあることとして、自然治癒した病理が更年期以降に復活するのでないかという危惧も抱いている。それに産む産まない問題はべつに今でも克服してないし。



アルバム『PAN』再訪(20年前について)

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去年に、友人のバンドが出るというので、ブルーハーツ縛りのコピーバンド大会に行った。バンドが10組くらい出るので、コピバンばかりそんなに観てもなぁ……と思っていたのだが、演奏者たちの思い入れが伝わる良いイベントだった。フロアの客たちが

僕たちを縛り付けて一人ぼっちにさせようとした

全ての大人に感謝します

1985年 日本代表ブルーハーツ

と喉を涸らして大合唱するのを見て(というか私も合唱に加わってしまっていたのだが)、「何やってるんやろ」と思いもした。われわれはもう既に「大人」やし、今は1985年じゃないし、そもそもお前らブルーハーツやないがな! そうだ、1985年からもう30年経っていて、48億のブルースは70億に膨れあがっているわけで、でも今でもまったく「今」のものとしてその音楽を愛してる人らがこんなにいるんや、ということが、なんだかとても不思議な気がした。

そのイベントで印象的だったことがあり、ブルーハーツメンバーのコスプレで出てきたバンドがあったのだが、演奏中にベースの人が上着を脱ぐと「幸福の科学」Tシャツが……!という小ネタがあったのだった。

勿論ライブハウスは笑いに包まれたのであるが、「ああ、こうして笑いに昇華せなあかんほど、ファンの間では未だもってトラウマなのだ!」と私は思ったのだった。ファンの間で語られるブルーハーツ解散理由のひとつは、ベースの「河ちゃん」の宗教問題だとされている。



私は14歳の頃、ブルーハーツが好きになり、それから一年くらい彼らのCDばかり聴いていた。

それまで、「リンダリンダ」などが流行っていることは知っていたけれど、クラスのイケてる子たちが聴くようなイケてる音楽なんだと思っていた。でも、ギターのマーシーのソロ『RAW LIFE』を聴いて詩情とユーモアアイロニーに衝撃を受け、バンドのほうも聴き始めたのだった。

STICK OUT』『DUG OUT』はぎりぎりリアルタイムで聴くことができた。テスト期間で午前中に下校できた7月10日、レコード屋に寄って買って帰った『DUG OUT』を聴いたときの幸福感は、今でも覚えている。ヴァージニア・ウルフの瑪瑙のボタン。

でも、『DUG OUT』を聴いたとき、子供心にも「このバンドは解散するんじゃないかな」とも思ったのも覚えている。こんな傑作を作ってしまって、この次に何をするのかまったくイメージできなかったのだった。でも、彼らのことだから、また何か新しい面白いことをするんだろう、とも思った。


それから2年のブランクを経て、解散アルバム『PAN』が出たのは1995年のことだった。

1995年の春のことはよく覚えている。地下鉄サリンが撒布され、オウム真理教強制捜査が入った。その日からマスメディアは、オウム一色になったのであった。

ご多分に漏れずオウム情報の中毒になった私は(ちなみにこのオウム体験はのちの自分史に影響を及ぼし続けるのだがそれは今は措いておく)、日々オウム情報を求めて本屋に通っていたのだが、ちょうどその頃、ふらりと入った本屋で、ブルーハーツのインタビューが載った音楽雑誌を見つけた。その頃はもう、以前ほど、彼らの音楽ばかり聴くという状態ではなかった(し何よりもオウムのことで頭がいっぱいだったのだが)、「復活!ブルーハーツ」の文字に、あ、解散するのかと思ってたけどまた何か始めるんだー、と頁を繰った私が目にしたのは、思いもよらない発言だった。

「僕凄い信じてるものがあって。まあそれは大川隆法幸福の科学っていう宗教団体なんですけれども」

ロッキングオンJAPAN、1995年6月号)


!??

ベースの河ちゃんのインタビューであった。この発言に対してインタビュアーからの直接的なつっこみは何もなく、そのまま話が流れてインタビューは閉じられていたので、それが、冗談なのか本当なのか分からないままであった。

幸福の科学って、「科学」って言ってるけどなんか胡散臭い宗教団体だよねえ? あの『太陽の法』のやつだよねえ? くらいの認識はあり、またオウム報道を通じて、大川という人が麻原と前世合戦を繰り広げたとかそういうことを耳にしてはいた。まさかあのバンドのメンバーが、そんな胡散臭そうなものを信じるとは思えない。なんといっても「神様に賄賂を贈り天国へのパスポートをねだるなんて本気なのか?」と歌った人たちである。が、冗談を言っているふうでもないし、だいたいこの時期にそんな冗談を言う理由もない。(後で知ったところによると、既にファンの間では彼の信仰は有名だったらしいが、私はライブにも行ったことがなかったしファン友達も身近にいなかったので知らなかった。)


その半月ほど後だったであろうか、文通(!)をしていたファンの子から、「ブルーハーツ解散するんだって」とわざわざ電話があった。私は、どっぷり聴いていた2年前は、「このバンドが解散したら自分はどうなってしまうのであろう……」とまで思っていたのに、さほど驚かず、「そうかあ」と思った。

雑誌の翌月号は、ブルーハーツ解散号であった。巻頭インタビューで河ちゃんは、「解散にあたってメッセージ」を問われ、こう答えていた。

インタビュアー 「で、ファンの人にメッセージをくれって言ったらヒロトマーシーもドライなんだ。あったかいのをお願いします。」

河口 「……まだ先のことは全然決まっていない。でもどうするか考えないとね、無職ですから(笑)。ただ一番みんなに伝えたいことっていうのは、やっぱりいまお釈迦様がこの地上に降りられてると、仏陀が下昇されてってことかなぁ(笑)。それも、この日本で。だからそれが大川隆法大先生であり、ほんと先生に出逢えて……感無量です! 感謝してます、ありがとうございます、としか言えないですね(笑)」

ロッキングオンJAPAN、1995年7月号)

そこでインタビューは終わっていた。

「本気やったんや……」と私は思った。



新しいアルバム『PAN』をとりあえず発売日に購入はしたものの、いつもの、新しいCDを再生するときのわくわく感はまるでない、変な感じだった。

歌詞カードを開いてみると、メンバー全員で写っている写真は一枚もない。メンバーそれぞれの写真は、それまでとファッションや写り方も微妙に違うようで(マーシー除く)、なんだか知らないバンドのようだ。河ちゃんページには、おそらく宗教的な主張を表わすなんだか不気味な写真もあった(当時は分からなかったが、今見ると、マルクス主義ダーウィン主義への批判象徴的に表現されている写真である)。

それまで慣れ親しんで聴いてきたバンドが急に別ものになったようなよそよそしさを覚えた。

オウム事件の中での離人感とあいまって、あの変な感じは未だに曰く言い難い。


『PAN』は、名義は「ブルーハーツ」だけれども、四人で演奏している曲は一曲もない。

四人がそれぞれ個別に作詞作曲し、バンド外のメンバーと演奏し、それぞれがヴォーカルをとった曲を寄せ集めたアルバムである。(ジャケットはビートルズホワイトアルバムを模してある。)

インタビューによると、もう四人で演奏する気にはなれないもののレコード会社との契約が残っていたために、こういう形で作らざるをえなかったようだ。


一曲目はいきなりドラムの梶くんの「ドラマーズ・セッション」で始まる。その名の通り、ドラマーたち(当時の有名ドラマーが集められている)のセッションである。これについてのおもしろ発言として、やはりブルーハーツファンであった友人は、「今やったら面白さが分かるけど、俺、当時は音楽っていうのはメロディがあって歌があるものやと思ってたから、『いつ歌が始まるんやろ?』て思いながら7分聴き続けてた」と語っていて笑った。たしかに私もそうやった! 二曲目はヒロトの曲「ヒューストンブルース」。これは、当時ヒロトが別バンドで演奏していた曲で、今聴くと凄くかっこいいのだが、当時、ブルーハーツヒロト曲には無かったパターンの曲であった。マイナー調でブルースぽく、やばい感じ。ハイロウズを経た後では、「ああこういうのがこの人は好きなんだな、ブルーハーツで見せてたポップ性は彼の一面に過ぎないんだな、こういうのがやりたかったんだな」と分かるのだが、それまでのブルーハーツのイメージと違い過ぎて、これもなんだか分からなかった。とにかく「なんか暗いし怒ってる!」という印象だけであった。

そして、河ちゃん以外の三人の曲が三曲ずつ織り交ぜられながらアルバムは進み、最後に河ちゃんの曲だけ四曲まとめて収録されている。当時の私はもう、それらの楽曲群に対して、脳の処理が追いつかなかった。

こんなめちゃくちゃなアルバムを、当時多くの中高生ファンたちが買って聴いたのかと、今思えばシュールすぎる。おそらく多くの人が、私や友人のように、なんかわけのわからんままそっとCDを抜き取り、しまい込み、ときどき「歩く花」(※アルバム中で唯一ブルーハーツぽい曲)だけを聴くために取り出すのみになったであろう。こうして『PAN』は、みんなのトラウマとなった。


で、今年、そのトラウマ語り会をしたことをきっかけに、『PAN』を改めて聴いてみた。

結果、当初聴いたときよりも更に、めちゃくちゃなアルバムであることが分かった。

こんなアルバムは世間にそうはあるまい!!


まず、ヒロト曲は、今聴くとめっちゃかっこいい。「ヒューストンブルース」は当時は分からんかったけど、アルバム中一番かっこいい。だが、何故、「ヒューストンブルース」(やばくてかっこいい)「ボインキラー」(やばくてかっこいいんだけどふざけてるようにしか聞こえない)「歩く花」(急にほのぼのとして往年のブルーハーツ風)の三曲をセレクトしたのか、意味が分からない。どういう方向性を目指しているのか、見えない!

梶くんの曲は、微笑ましいしドラムのアレンジなどはそれまでのブルーハーツになくて面白いと思う。でも、普通なら世に出ないレヴェルと思われる。

マーシー曲は、この人だけがいつもの安定感であった。それまでもソロアルバムを出していたからか、切なさを湛えた独自の世界観で完結していて、ブルーハーツぽくはないけど普通にいい。今回、指摘されて初めて、「もどっておくれよ」(終わった恋への後悔の歌)→「バイバイBaby」(「思い出だけがきらめくようじゃ白けた人になりそうだ」)→「休日」(「いつの日かこの街を出ていく僕等だから」)と、解散を受け容れるような曲順に配列されていることに気づいた。別に意図してないのかもしれないけど。ストリングスのアレンジも、今聴くととてもきれいでぐっとくる。ただし、このアレンジに金をかけて赤字を出したため、低予算で仕上げた河ちゃん(※幸福の科学の人の助けを借りたから)のわがまま(自分の曲だけ最後にまとめて入れたいという希望)を受け容れる羽目になったという説があり(wikipediaによる説なので真相は不明だが)、友人曰く「『戦闘機が買えるくらいのはした金ならいらない』って歌ったバンドの最後が!金に勝てへんかったとは!」。


そして、最後にまとめられたその河ちゃん曲。

当時は脳がシャットアウトしてしまっていたし、「そうは言ってもさすがに、ブルーハーツ名義で出す音楽にそんなこと(教義云々)は反映させないであろう」という思いもあったのだが、今聴くと、あまりにもあんまりである!!


宗教音楽風のイントロ(なんでこう荘厳な感じになるのであろう)で始まる「幸福の生産者」では、

Right Right Right

Right Mind


世界中の心に 今も輝いてる

誰もが皆憧れてる 幸福の生産者


奪い合うものには後に 悲しみが待ち受けている

取り戻そう叡智を この世に神の夢

遥か彼方に超える夢 (念いに)涙は溢れてきた

とか歌っている。

まず「叡智」という言葉がブルーハーツの歌詞に出てきたことに驚きを覚えたが、それどころではない。当時は「いや、音楽を創り出してファンを幸せにしてきた自分たちのことを歌っているのかも!」と解釈しようとがんばっていたものだが、いやいや、「幸福の生産者」って明らかに隆法やん。「誰もが皆憧れて」ねえよ!!

「Good Friend(愛の味方)」はなんかねばねばしたヴォーカルがちょっとむかつくものの、ギターソロはかっこいいし、アップテンポでいわゆるブルーハーツパブリックイメージっぽい曲。だが、

最悪の事態にならなけりゃ 君は目もくれない

死んだらそれで 何も無いさと わかったふりをする

わかったふりして 暮らしても ふりに振り回わされ

廻るはずの大切なことを 止めてしまうよね

説教!!

おそらく、他のメンバーに対する説教!

(ちなみにずっと、「廻るはずの大切なこと」て何だろうと思っていたが、今回「輪廻」のことか!と気づいた。ああーー)


で、これに対して「ヒューストンブルース」は、

天国なんかに行きたかねえ

神様なんかに会いたかねえ

である。ロックの常套フレーズとはいえ、当時の別バンドでのライブverを聴いているとこの部分は本当に怒った声で叫ぶように歌われており、ぞわぞわする。

さらに、「Good Friend」が、

信じてゆく心 この世 あの世 つらぬいて

と歌えば(これも今回知ったが「この世とあの世を貫く幸福」は幸福の科学のキャッチフレーズである)、「ヒューストンブルース」は、

生れ変わったら ノミがいい

生れ変われるなら ノミにしてくれ

である。

一枚のアルバムの中でメンバー同士で大喧嘩!! ラモーンズKKKどころの喧嘩ではない。こんなアルバムは滅多にないのでないか?


勿論両者とも「これは○○のことを歌った」などとは明言していないし、たとえばインタビューしてみたならきっと、「音楽と実際の私生活は関係ない」と言うだろう。当人たちのキャラも、思想の是非をめぐって喧嘩しそうなキャラではない。解散も、当人たちによって「宗教が原因」と語られているわけではなく、単に「このバンドでこれ以上のことができるとは思えないから」というように語られており、それは別に綺麗事でなく、本当に当人たちの感覚としてはそういうことなのだろうと思う。

だが、人情として勘繰らずにはいられないし、今聴くといっそう明らかに、もう殴り合いにしか聞こえない。こんなものが、「リンダリンダ」や「トレイントレイン」といった、ポップなヒット・ナンバーを産んだ「ブルーハーツ」の名義で出されていたのだと思うと、今となってはシュール過ぎて、面白くてならない! 前衛的すぎるよ……


さらに喧嘩は場外乱闘に至り、音楽雑誌に寄せた新アルバムについてのコメントの中で河ちゃんが

ヒューストンブルース」は、神や輪廻を信じないというヒロトの無知な部分によって作られた曲であり、ファンの皆さんに申し訳ない。

といったようなコメントを寄せているのを本屋で立ち読んだ私は、いったい何が起こっているのか理解できず、事態についていけないまま、雑誌を棚に戻しふわふわと本屋を去ったのであった。


「さよならする、ダサい奴らと」と歌ってザ・ハイロウズがデビューするのは、麻原も逮捕されてずいぶん経った、その年の秋のことであった。

2014-06-17

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稲垣足穂少年愛の美学』全集4、pp.110-111

もともと男性にはある種のひずみが存する。彼らには、有史以来、無数の戦場に引っぱり出されてきた伝統があって、一様に、癒ゆる見込みとてない慢性マゾヒズムに罹っている。教練(ドリル)とは「錐で孔をあけること」であるが、この種の嗜虐が、世の男性には病付きになっている。(略)何か事があって双方の横づらに打撃をくらい、そのまま仰向けにひっくり返って気絶することを、彼らはいつも夢みている。あるいは、母親乃至「彼女」に叱られ続けてきた経験がつみ重って、それが性格的特徴にまで形成され、彼らは等しく女性の手によってズボンを引き下され、お尻の素肌に連続的平手打ちをこうむって、「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣き喚く機会を待ち設けている。あらゆる男性の裡には、スパルタ乃至『葉隠』への先天的憧憬が隠れている。校歌、合宿等を皮切りに、彼らは、コムソモール、ヒットラーユーゲント、フリーメーソン的仮面団、さては私的な義兄弟誓約や血判にまで我身を縛りつけて、以て「永久に癒やされざるもの」のせめてもの代償に当てようとしている。それは「永遠の父」の恢復とでも云うべき埒のあかない大事業なのだ。(略)この男性における「引きずり出されたい」願望は、人に倚ろうと物に依ろうと、名に拠ろうと、つまりは女性が永い仕来りによって身につけている「不自由志願」と甚だよく似ている。彼らは勲章を欲し、それを胸に飾ることに似合いもする。しかし、「模範兵」とか「殊勲者」とかは本当は飽き足りないのである。むしろ「重営倉」「軍法会議」が彼らの真に望む処である。(略)西欧文明が始まってからは、男性宿命性の最高審美的モデルとしてキリストが据えられている。あのポウロの「肉体の棘」も、私にはなんだか男性マゾヒズム表象のように思われてならない。だから、心ある女性らはちゃんと知っている。男性の最大の魅力は、常に彼らの不幸の上に見出されるということを。

2014-06-07

Prostata~Rectum 機械学

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稲垣足穂「Prostata~Rectum 機械学」(稲垣足穂全集4巻)

われわれには、外部的にも内部的にも、「我身をどうかされたい」という、訴え所のない本来的なマゾヒズムがある。この願望が裏返されて、威丈高になったのが即ちサディズムである。この意味のサディズムは、根源的マゾヒズムに対する起爆剤の役目を担当している。マゾヒズムサディズムの縺れは普通セックスの営みによって代表されている。しかし、このヴァギナ=ペニス両感覚とは別に、エイナス感覚に拠る原始衝動が、そこに居坐っている。

(p.326)

肛門を通して臓腑を引き出された鳥や、草の茎をお尻に差し込まれた蜻蛉や、お尻からストローの吹管によって膨らまされてお腹が弾けた蛙や、お尻からひん剥かれて裏返しにされたミミズや、また、肛門に脱脂綿が詰め込まれている筈の棺の中の人に対する、一種羨望の念をまじえた幼少年的好奇心は、実は肛門そのものの深淵性に根拠を置くものであって、そこでは、本源的マゾヒズムへの願望が、残虐に対する恐怖よりも立ち増っている。英国の某パブリック・スクールで、刑罰として少年を打つのに、裸のお尻を素手でやってみろ、それは強くも軽くも自由だからと一牧師から教えられて、その通りに実行してみた教師の話を、ハヴェロック・エリスが引用している。生徒らは素肌へのスパンキングを待ちかまえ、ある者は特別に尻打ち者へなついてきたことが報告されている。(p.331)

メルトンの上着の裾からでっぷりしたお臀を見せている探偵が、やはり鴨のような游禽であった。彼は悪漢の巣窟に忍び入って発見され、火薬樽にゆわいつけられるのにお誂え向きである。お尻に棒形ダイナマイトを差し込まれて導火線に点火されたならば、いっそう素敵かも知れなかった。水兵らは疑うべくもない海鳥であった。水兵らは抑え付けられて浣腸を施されるのにふさわしい。では軍艦はどうだろう? 成程、白波を截って突進する舳先は十分に目醒ましいが、しかし軍艦には、大旨の商船や郵船がそなえているような優美な曲面を持ったお尻が無い。でも軍艦は、硝煙に包まれ、聖アンドレアス十字架の海軍旗を、あるいは日章旗を翻しながら次第に傾き、衝角かお尻かを高くかかげて沈没するという可能性を持っている。(p.355)

大旨の幼年にとって、自身のウンコとは、木の葉の皿に載せ、あるいはボール函の中に入れて何人かに献ずべき貴重品であった。やや長じても彼らは、たまたま見事な太い野糞などを見ると、他者の努責に対する軽い嫉妬に襲われる。これがペニス羨望の原始形態であり、異物関与のきっかけなのではないか?(p.363)

2014-02-25

少年愛の美学

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稲垣足穂少年愛の美学』を(何度目かの)再読してるんだけど、何度読んでも「コウ祭」(と勝手に命名)のくだりが最高すぎる。

「『お尻』は『人』と同意語である。ためしに次のような単語の『コウ』を『肛』におきかえてみよ!」(河出文庫版66頁)と言ったのちに、次のように続きます。


高野山弘法大師幸若舞香気講道館、攻玉舎、公爵、校長、高士、高級、恒例、工員、公務員、公開実験、交通機関、行動派、硬派、高弟、膏薬、黄禍、後患、公徳、公選、鴻恩、行人、行楽、交歓、幸福、厚志、交情、好意、後見……いずれも間違いなく成立する。中でも、光音天、興聖寺、広隆寺紅楼夢、孔門の十哲、校友会、工事現場、好事魔多し、鴻門破り、後納、後楽園好色一代男、紅一点、紅衛兵、光陰矢の如し、高射砲、工学博士、公安委員会、公教要理、講和条約、皇国興廃、公衆便所、後期印象派などはそれぞれに傑作である。漢字ではないが、「アフター・サーヴィス」がある。


「いずれも間違いなく成立する」!! なんと力強い断定! ていうか「成立する」って何を以て?? という素朴な疑問を差し挟む間もなくさらに畳みかけるように、



以上は最初に『コウ』が付いている例だが、二字目、三字目、四字目の『コウ』においても同様に成立する。いっそ身辺の任意の一冊を取り上げて、全ページに亙って『コウ』を『肛』におきかえても、なお十分に成立する。この事情は即ち、われわれが鳥族のような『肛門派』に他ならぬ一事を、(あらゆる男女が結局において「尻男」であり「尻女」である所以を)証明するものである。



なんだかもう、圧倒的すぎて笑いが止まらない。

この事情(そんな事情があるんかい!)によって われわれが尻男であり尻女であることが証明されてしまった!! というところで、読者(私)の昂奮は最高潮に、いや、肛奮は最肛潮に達したのでありました。

さらに、「何故なら……」と続くので、おお現代文的理由説明が、と思ったらば、


何故なら、「チツ」を以てすれば、決してこのような効果は上らない。


何が「何故なら」なのか、なんかよう分からんけど自信満々!


入試シーズンでありますが、入試現代文でこんなのがでたら面白いだろうなア。

2013-11-13

雨の日の大学トマソンなど

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雨の秋の日に、大学を歩きました。



文学部東館中庭。雨に朽ちる京大生。


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ヨーロッパ庭園に布袋さん。


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工学部中庭のトマソンの楽園にいきました。


天国への階段

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だが、これ、階段ではなく、どうやらテニスの審判席のようです。今駐車場になっているところが、テニスコートだったようです。テニスコートが半永久的に存在するとき考え、このような、堅牢な審判席を作ったのでしょうか…。


階段トマソンとしては、これとは別に、工学部純粋階段が有名ですが、工学部純粋階段はトマソンとして保護されており、しかもあろうことか「純粋階段」という看板まで立てられており、その在り方はトマソンとしてどうなのか? と疑問を禁じ得ません。トマソンは、トマソンとして尊重され始めた途端トマソン性を失ってしまうというパラドキシカルなものでありますね。しかし今回そちらも訪れたところ、「純粋階段」と書かれていたはずの看板が雨風に晒されて文字が読み取れなくなりつまりそれ自体トマソン化するという現象が起こっていました。




チョコレートの滝みたいなやつ。

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右端、生き埋めを思わせる。

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フランクフルト

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この日、「外蛇口」という概念を知りました。大学には、外蛇口が多いようですが、これは中でも珍しい、三頭外蛇口だそうです。じんかんのフラクタル日除けのところに作られていました。こんな灯台下に珍しい外蛇口があったなんて。。

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工事中のところにかっこいいやつがいました。

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2013-11-01

河野多惠子の「蟻たかる」「臺に乗る」が面白かったの巻(第4回)

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id:may_ca:20131028#p1 から、「蟻たかる」の話の続きです。


この、史子に生理が訪れた(訪れてしまった?)ときの描写も、上手いなあ、わかるわかる!と思いながら読んだのでした。

まず、史子は安堵します。そして、遅れていたのはそもそも自分の緊張と怖れのせいでないかと考えます。例の、留学のことも心に甦ってきます。しかし、その夜、ふと、

見馴れた、のれんも廊下も板戸も壁も柱も、ここ数日の間にひどく豊かさを増し、それが今、急激に痩せ細ってゆくのを、彼女は知ったのである。(p.43)

という気持ちになるのであります。

史子は松田に妊娠が間違いであった旨を告げて、泣きます。

まるで子供を熱望してきて又憂き目を見た、石女みたいだ(p.44)


次第に産む方向へ話が傾いていたとはいえ、そもそもは子供が欲しいわけではなく、むしろ忌避していたというのに、腹の中に何もいないことが分かるや起こるこの虚脱、何なのでありましょうか。

腹の中にいるかもしれぬ新しい生命へ次第に集中し張り詰めてゆく注意、それをめぐるあれこれの空想で充たされ始めた日常と未来が、ぱちんと弾けた感覚。まあこの感覚って、妊娠に限らず予期していたものが外れたときに感じられる一般的な感覚であるのかもしれませんが、この場合のそれを表わすのに、「豊かさを増し」たものが「急激に痩せ細ってゆく」とは、からっぽになったその腹(実際はもとよりからっぽであったわけですが)をも連想させ、上手い表現であるなあと思います。


で、ああ、失ってみて初めて認識できるまだ見ぬ子への思い、出産への思い、やっぱり母性本能(※)が彼女の中に育っていたのね、と読者は思いそうになるわけですが、話はこの後、思わぬ方向へ進むのです。

(※ちなみに著者はそのエッセイで、人間の、子孫を残すという本能を、母性本能でなくたしか「建設本能」というちょっと変わった言い方で論じていました。死すべき運命にある人間には、仕事で何か達成するとか家を建てるとか何かを成したい本能が備わっていて、子孫を残すこともそのひとつだというのです。「夢の城」という作品ではこの「建設本能」がテーマになっています。)



妊娠が間違いだったことを松田に告げた史子は、でも、いつか本当に松田を喜ばせる、「あんまり遅くならないうちにそうする」と約束します。そして二人は、生まれる子についての想像を語り合います。

もし女の子だったら、と史子は想像を語ります。

「女の子にはきついわよ。あなたが飛び切り甘くって、わたしがあんまりきついから、知らない人には、継母かと思われるかもしれない」

言いながら、史子はふと、その継子と思われるかもしれない自分たちの子供の実感が胸に湧くのを覚えた。(p.44)

史子は「数日来の懸念」から解放されたことでよりその「実感」に刺激されるのです。

史子の想像は次のように続きます。

女の子だったら学校にもやらない、贅沢なんかさせない、女中みたいにこき使って、朝早く叩き起こして、私はその間起きないであなたとこうしている。自分の意見のない、口答えのできない、白痴美みたいな子がいい。中学を出たらお嫁にやる、etc…… 翌朝、朝食のバターをきらしていたことを思い出し、史子は更に空想に耽ります。子供がバターを買い忘れたときの虐待の空想です。口許を抓りあげ、服を剥いで全身を抓りあげ、買ってきたバターをスプーンで熱して溶かす――娘の背中に落とすためです――その娘の背中には既にたばこで焼かれた痕がある―――。

この空想によってか「高ぶって」きた史子は、出産の話をしながら、松田に加虐を求めます。

「――とても赤ちゃん産んであげたいけど、わたしは好きじゃあないでしょう」「――だから、あなた、わたしに命じて頂戴」「――ね、命じて頂戴。――強制して頂戴」「苦しくって、暴れるかもしれない。あなた、縛って頂戴。それでも足りないかもしれないわ。そしたら、ぶってくれる? ――縛られながら、ぶたれながら、するお産っていいでしょうねえ。――そんなお産なら、早くしてみたい。――ね、早く!」(p.48-9)




この史子の言葉に応え、常の彼らの習慣なのでありましょう、「魚釣りの趣味もないのにそこに納ってある継ぎ竿」を松田は押入れから取り出します。

ええええ!?

そして、読者(私)をぽかーんとさせたまま、物語は終わってゆくのです。


な、なんだこれは!

出産を忌避してきた晶子は、マゾヒスティックな妄想を経由して初めて、「そんなお産なら、早くしてみたい」とお産を肯定するのです。また、初めて「実感」を得た自分たちの子供について、サディスティックな虐待の空想を繰り広げ、そうすることで性的に高ぶるのです。

前半で、「妊娠したと思ったらしてなかった、がっかりしたけど自分の母性に気づいた」的な話かと思っていたら、まったく予想だにしない展開……!




ちなみに、「蟻たかる」という奇妙なタイトルの理由がやっと明らかになるのは、ラストシーンです。

(※そういえばフロイト的には「虫がたかる夢」は妊娠の隠喩なんでしたっけ、フロイトもなかなかやるなあ…)

初夏の縁側に座り、松田の折檻を受けた後の体の感じに浸る史子。その後、台所に、蟻にたかられる牛肉を見つけます。牛肉は松田が史子の疵痕に貼ってくれていたものでした。史子は、自分が家庭的でないため(つまりミルクやキャラメルを欲する子供もおらず砂糖を用い煮物をすることもないため)「砂糖類に縁遠い世帯」であるこの家にも、これだけの蟻がいたことに驚くのでした。


ここで出てくる「砂糖」は、実は先の、娘を虐待する空想にも登場します。

小さな頃から「家庭的なことばっかり」仕込んで中学出たらお嫁にやる、という史子に、松田は、

「貰った砂糖、きみに内緒で持って行ってやるんだ」「だって、きみは煮物なんかしないじゃないか。砂糖、余っちゃってる」

と言うのでした。ラストシーンで明記されるように、砂糖が「家庭的」なものの象徴であるとすれば、松田によって史子の使わない砂糖を与えられ(空想の中でですが)、「家庭的なことばっかり」仕込まれたこの娘は、史子のもたない部分の凝縮であります。また「自分の意見のない、口答えのできない、白痴美みたいな」この娘は、史子のように、子供をもつことを忌避したり出産か留学かで悩んだりはしないことでありましょう。言うなればこの空想上の娘は、やはり空想中で松田に命令され強制され縛られて産む史子の分身であるのです。実際、折檻される空想の中で許しを乞う娘の口ぶりは、「松田に一層苦痛を求めるときの言葉とそっくり」なのです。

空想の中でマゾヒスティックな出産をすることになる自分と、空想の中で自分に折檻を受ける(その出産によって生まれるはずの)娘が、重なっているのです。なんというセルフ妄想装置……

このサドマゾヒズムは、それっぽく解釈すれば、「自分とは違う家庭的な少女として造型した娘への嫉妬からのサディズム、および、その娘への同一化としてのマゾヒズムによって女としての自分を受容」とかなんとかまとめられそうですが、そんな単純な図式やないんじゃ、という気がいたしております。なんというか、大事なのはむしろこの、セルフ妄想装置の産出性ではないかなあ、という気がするのですが、このへんはちょっと上手く表現できないのでまた。



さらに史子は言います。娘の聟(もちろんこれも空想上の)がわるい亭主になって放蕩するように、松田は素敵な女性を見つけても諦めて、娘の聟に「お砂糖運ぶように」届けてやって――。娘が愚痴をこぼしに来ても、「わたしの躰を見せて」「お父さんだって、こんなに酷い男なんだが、お母さんはこらえている」と言ってやって――。

……なんだこの空想???

しかし、このわけのわからん空想の中で、史子の欲望大団円を迎えているようです。子供を産みたくない史子は「自分以外の女性を松田に許す寛大さも持ち合わせていなかった」が「松田の父親ぶりを見たい」という矛盾する欲望の間で宙ぶらりんであったわけですが、この空想の中では、松田に他の女性を諦めさせ、かつ、松田の父親ぶり(松田は娘に砂糖を運ぶ)を見ているのですもの。

そして、ここで娘の亭主に運ばれるお砂糖は、娘に運ばれるお砂糖とは少し意味合いが違います。娘に運ばれるお砂糖は、史子のもたぬ「家庭的」なものの象徴でありますが、娘の亭主に運ばれるお砂糖は、家庭の外の女性たちの比喩なのであります。



(つづく? かもしれない……でも疲れてきたのでここで終わるかも)




※201702追記:その後ろんぶん的なものにまとめてみました。http://ci.nii.ac.jp/naid/40020318494

2013-10-28

河野多惠子の「蟻たかる」「臺に乗る」が面白かったの巻(第3回)

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id:may_ca:20131020#p1 のつづきです。


前回は「臺に乗る」という小説を紹介しましたが、同じ時期に読んだ「蟻たかる」も同じくらい面白かったのです。こちらはちょうど一年前に、同じく『文学界』に発表されたとのことです。


こちらも、テーマは「臺に乗る」に似ていて、主人公・法律事務所に勤める史子の生理が一週間遅れている、というところから物語は始まります。史子は、六年前に結婚した、ひとつ歳下の夫・松田と暮らしています。史子と松田は、「臺に乗る」の丈子と戸川同様、子供を避けてきた夫婦、しかし単に生理周期に従ってしか子供を避けてこなかった夫婦です。

史子と松田は、サド=マゾヒスティックな性愛を好みます。史子は松田に、道具を用いて責めてもらうことを好み、そうした苦痛を与えることを省略されたときは、不満を感じます。ちなみにこうしたマゾヒストの女主人公(しかも、単に受動性としてのマゾヒズムでなく、能動マゾヒズムとでもいうのか、性愛においてのみ積極的に苦痛を望む女性)は、デビュー作以来河野の作品に頻出する、おなじみのキャラです。


さて、生理が遅れている史子は、先日の、まさに「苦痛の快楽を省略した性愛」で受胎の怖れにつきまとわれてしまったことを、不快に感じます。松田に、「受胎したような気がするわ」と告げるのですが、このとき、「言ってやった」という表現が使われているのが可笑しい。松田は、「だけど夫婦の間で、ごめんよ、というのもおかしいね」と応えます。

史子たちは、先に留学の予定があり、このタイミングでの妊娠は困る、というかそもそも、史子は子供がほしいと思ったことはないのです。


ここで面白いと思ったのは、妊娠をめぐる微妙なずれです。

生殖がもはやわれわれにとって自然なことではない、というのは自明であると思われます。たとえば、妊娠なんて自然現象のはずなのに、同じ妊娠でも、未婚の状態で起これば眉を顰められ揶揄され、既婚の状態で起こるならばおおっぴらにめでたいものとされますよね。肉体的に、妊娠可能であるか否かということ/社会的に、妊娠が良しとされる状態かどうかということ(年齢や経済状態の如何、結婚しているかどうかなど) の間にはずれがあり、現代においてはそれはもう最初から、大きくずれているわけです(多くの人は10代前半のうちから妊娠可能ではあるが社会的にその年齢での妊娠は可能ではないとされている)。

で、更に、史子たちの場合は、社会的には妊娠しても何ら問題のない婚姻状態にあるわけですが、さらにここで、個人の心理として、妊娠可能であるか否か、という問題があるわけであり、そのずれがあるわけです。心理的な可能不可能と社会的な可能不可能とは、なんとなくすんなり一致するものであり一致していることがあらまほしきことと考えられていることが多いと思われますが、実はそうではないわけで、先の史子と松田のやりとり、とりわけ「夫婦の間で、ごめんよ、というのもおかしいね」という松田の台詞には、このずれが控えめな形であらわれており、面白く思います。

史子が、苦痛の快楽を伴わなかった性愛によって妊娠したことを不快に思っている、という点も面白い。要は、つまらんセックスで要らん心配を抱え込んでしもうてええこと何ひとつあらへんやんか、ということなのですが(べつに関西弁にする必要はないのだが)、世で言われる「母性愛」はここに一ミリもないで!


が、この後、史子に、世で言われる「母性愛」のようなものの片鱗が育ってゆくような描写がなされるのです。



当初、史子は、次のような心境でいます。

子供を産み、育てることなど、思っただけでも厭であった。今度、生理が遅れてからも、怖れ、松田を恨み、処置を思うことに屈託するばかりで、希望的な想像はまるで湧かない。そんな彼女にとって、松田の言葉はひどくこたえた。あれほど誓い合っておきながら、松田がこっそり子供を想うようになり、自分には兆しそうもない親としての感情を早くも味わっているらしいのを見ると、彼女は裏切られたような、妬ましいような気持に陥った。(全集2 p.41)

「松田の言葉」とは、「(子供が)ひとりくらい、いたっていいんじゃないの」という言葉です。二人は子供をもたないことを「誓い合って」いたにもかかわらず、夫は今や気楽にそれを裏切るような言葉を言い、一方で実際に子を宿すほうの史子には、いっこう母性らしきものが芽生える気配はありません。

「臺に乗る」においても、丈子が夫に望むこととして、

子供は絶対に欲しくないと、戸川にはっきり答えてもらいたかった。

子供なんて要るものか。ふたりで楽しく暮らそうよ」という言葉を聞きたい。

という望みが描かれていたことが思い出されます。


さて、そんな史子でありますが、松田と子供の話をするたび、次第に気持が変わってゆくのです。トイレに行き、生理がまだ来ないことを報告する言葉は、「まだ、大丈夫よ」「嬉しい?」という言葉に変化していきます(「大丈夫よ」=「妊娠している可能性は継続しているわよ」)。ついに史子は松田に、「産んであげるわ」と言うのですが、このくだりの描写も絶妙です。史子の変化は、一見、妊娠したことで自然に起こる心境の変化、自然な母性愛の発露に見えるのですが、依然史子は「生理を願う気持ちが退かない」し、「子供が欲しいと感じられない」のです。しかし、松田の子供の話を聞くのは嫌ではなく、「松田の父親ぶりを見たいという気持ちは激しくこみあげる」。つまり、史子の子供を望む気持ちは、自然に子供を望む本能的な気持ちのようなものがあるとしてそうしたものとは乖離しているのです。


しかしそんな変化の中、生理が訪れます。


(つづく)

2013-10-20

河野多惠子の「蟻たかる」「臺に乗る」が面白かったの巻(第2回)

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id:may_ca:20131016#p1 のつづき


「臺に乗る」の話のつづきです。

産める-産めないという一見明らかであるように思われる問題のあいまいさ、そして、この物語においては、産みたいのか-産みたくないのか問題のあいまいさ、がそれに先立ってある、という話でありました。

以後、そもそも自分は産める身体ではないかもしれないのだ、と気づいた丈子の生活と心情の描写がなされるのですが、この描写の行きつ戻りつ具合がとても面白い。一見、物語の本筋(いやそもそも、本筋、ってなんなんだ)と関係なさそうな、丈子の趣味の話など。

この趣味には、フロイト的には何らかの象徴的な意味を読み取ることもできるのかもしれませんが、私は、この描写抜きでは単なる生産する身体(あるいは生産しない身体――いずれにしても生殖機能だけに焦点を当てられる身体)に還元されかねない女性主人公が、人格や日常をもつひとりの人間であるということを想起させるという点で重要な描写であると感じました。

ここを面白く感じたのは、昨今(に限らぬのかもしれないが)、女性を産む性として取り上げるとき、あまりに個別の人格の存在というものが無いことにされていると感じていたからです(まあ何らかの問題を大きな視点から取り上げるときには避けられないことなのかもしれませんが)。

産む産まない問題が語られるとき、そこで語られる女性というものは、端的に産んだり産まなかったりする身体であって、そこで、個別の微妙なグラデーションというものは無視されています。個別性が語られるとすればせいぜい、「キャリアとプライベートとの間での葛藤」程度であり、「産みたい」「産みたいけど事情があって産めない」という二種類と+αの類型全女性は分類され、その周囲に存在するであろう微妙なグラデーション多様性(「産みたい気もするけどよう分からん」「なんとなく産む気になれんけど産まないのも残念な気がする」「断固産まん」)にはあまり触れられません。もちろん、なんとなく意味なくごろごろしていたりロックフェスで騒いだり猟奇的な趣味に耽溺していたり、という個々の人間としての女性像はまったく浮かんできません。

ちなみに、丈子の趣味は、東西の実録物語を読むことと、椰子の実を彫って面を作ることです。面は、雑貨店を営む友人・寿美子の店で売られることになります。


さて、その後、寿美子の高校三年生の長女を預かるというエピソードがあり(それにしても、この頃の小説を読んでいると、こうした人間関係の濃厚さなど、いいか悪いかは別にして、今の都会生活とはだいぶ違うなあ…と感じます)、そのよく躾られた長女や(戦争中に育った丈子にはその衣服などが新鮮に見える、というところも面白い)、長女が赤ん坊のように寝かせている熊のぬいぐるみを見ながら、丈子は、夫・戸川が父親になったところを想像するなどします。

「丈子はあの疑いに捕われてからというもの、生理が済むたびに、それが最後の生理であったような淋しさを感じた」

あの疑いとは、自分の身体がそもそも不妊であったのではという疑いであります。この疑いが今芽生えたのは、偶然でなく、(生殖チャンスの)最後の時期がきたことを「自然な何か」が告げたからではないか、と丈子は思います。

こういうことって、今日の出産の高齢化不妊を語る中でもよく言われますよね。生殖年齢が終わりにさしかかって、「本能」が発動し子供が欲しくなって焦り出す女性たちがいる、とか(あるいは、そうやって駆け込みで焦ったときにはもう遅かったりするんだよ、とか)。ここで言われる「自然な何か」も、そうした場合に語られる「本能」に似ています。が、丈子の場合は、だからといって、「子供が産みたくなった」のかといえば、そうでもないのであります。


丈子はしきりに戸川に、子供がほしくないのかを問い詰めるようになります。あるときは、戸川が自分以外の女性たちとハレムを作り子供を産ませる空想を、戸川と語り合いもします。

しかし、丈子は、「子供が欲しくなったのではない」のです。

その一方で――「子供をもつ気も勇気もない中年女」である一方で、丈子は、自分が不妊かどうかを案じてます。そして「産まないにしても」試すならば今のうちであるとは思っています(普通不妊が問題化されるのは「産む」ためであるのに、ここでは産むことより不妊でないことを試すことが目的化されています)。かといって、実際戸川が性交を挑むと、「恐怖にかられ」拒んでしまうのです。

ほな一体あんたどないしたいねん!というところですが、丈子の欲望として明記されていることは、ただひとつなのです。

「子供は絶対に欲しくないと、戸川にはっきり答えてもらいたかった」

「子供なんて要るものか。ふたりで楽しく暮らそうよ」という言葉を聞きたい。




戸川は丈子に、丈子が医師から言われたことをもとに、

「機能的に駄目というんじゃあないんだろう、体力的に無理だというだけだろ」

と丈子に確認したことがあります。このフレーズは作中に二度出てきます。こう確認したからといって、別に戸川も子供を欲しているふうではないので、どちらでも同じことであるはずなのですが、しかし丈子は、自分が「機能的にも駄目」だったらそれでも戸川は夫婦になっていたであろうかと思いめぐらせるのです。

しかし、度々の、子供をめぐる丈子の問いかけに、戸川は冗談めかした答えしか与えません。

ここで丈子は、生殖年齢の終わりにさしかかった自分に対し、実際子供をもつかどうかは別にして、戸川は「この先、二十年、三十年にもわたって少くとも意識の上では子孫を夢みていられる」男である、という、生殖における男女の非対称に思い至り、戸川がずっと年下の夫であるかのように感じるのです。



戸川の同僚の見舞いの後、丈子は、戸川もまた、生殖能力を確かめえたことがないのだ、ということに気づきます。そして、それを「この躰で確かめさせてやりたい」という発想が生まれ、行動に至ります。

「この躰で確かめさせてやりたい」というのは、言い換えれば「妊娠したい」ということのはずでありますが、ここでは、「妊娠したい」という欲望が必ずしも「子供がほしい」という欲望とは結びついていないところが一点、面白かった点でした。

また二点目として、「妊娠したい」という欲望が、自分の欲望としては芽生え得ず夫という他者を経由してしか芽生えていない点が面白いと感じました。

妊娠の欲望とは、実際には現代においても、社会や家族から要請されたり(されなかったり)しながら形成されていくのでしょうが、たてまえとしてはそれは、産む女性本人の固有の欲望として自発的にもたれるものだとされている、と思います。

たとえば、「産む産まないは女が決める」というフェミニズムの重要なテーゼがあります。世界中であまりに不本意な状況におかれた女性たちが数多あることを考えれば、このテーゼ自体は、けっして色あせることのない、実に実に重要なものであると私は考えます。が、しかし、自分本人にとっての産む産まないの欲望レベルで考えたときに、完全に「私が決める」ことなんて可能であるのか、という疑念も生じるわけであります。私の欲望は他者の欲望云々という言葉を引くまでもなく、自分の欲望って自分の欲望だけじゃないじゃないですか。よってこの、丈子の、行動に至る動機のあいまいさ、もっといえば非主体性は面白いなアと感じたのでありました。

しかし! であります。そこで導入されるのが戸川という他者の欲望という項であるわけですが、この戸川の欲望もそもそもあいまいであるのです。生殖能力を確かめたいというのも、別に戸川が頼んだわけではなく、戸川は結局、子供がほしいともほしくないとも明言しないままであるのです。


さて、ここで丈子はやっと、戸川に内緒で婦人科に行くという行動に出るのです。そこで乗る内診台が、冒頭で述べた、本作のタイトルの由来です。丈子は、子供がほしくて試したのに授からない不妊である、と偽って診察を受けようとします。最後の丈子の述懐にある、

「わたしのような奇妙な願いからこの診察台に上がった女があったかしら」

という「奇妙な願い」は、いわば、

「子供は別にほしくない、とは思う。ずっと一応は避妊してきた。だから機能的に不妊であっても関係ないはずなんだけど、不妊かどうかを確かめたい」という、確かに奇妙な願いであります。いうたら、目的のよくわからん願いですもんね。そうした願いは、通常、生殖をめぐる思いの中で、問題として顕在化しない、顕然とは語られないもののはずであります。



ここまで時々挿入した感想によってお気づきかとは思いますが、私がこの物語を「おもろーーー!」と感じたのは、やはり、昨今の、少子化卵子劣化論が云々される風潮という背景があって、その背景を思って、というところが大きいと思います。

(この作品が書かれたのは40年近くも前なのですが――このことについてはまた別に考えます。)

昨今のそうした議論の中では、上に書きましたように、女の欲望というのは、「産みたい」「産みたいが諸事情で産めない」などとはっきり形をとったものとしてしか語られません。あるいは、そうした葛藤やはっきりした欲望なしになんとなく生殖年齢終了にさしかかったものは(まさに俺である)、何も考えずふわふわ浮かれてるうちに年だけとってしまったバカ、として語られます。

そんな中、そうした論から取りこぼされる微妙なグラデーション多様性の中の、「奇妙な」不定形な欲望の存在を示した本作は、その点で傑作であり、今日においてこそ、文学というものが社会に必要である、ということを示すものであると感じました。ここには、そうした類型でしか語られながちな女性の、主体的な語りがあると同時に、主体的に形成されるものだと信じられている欲望の、非主体性が描かれています。


後半の心情の描写の中に、丈子の夢の描写が挿入されていますが、これもまた興味深いものです。誰かのお産が始まり、それは自分のお産だったのだ(「何だ、わたしのお産だったのか」)と分かるやいなや、死産であった、という夢でありますが、この夢ではお産の主体が自分なのか他人なのかもあいまいになっていますし、また、出産体験のない者が出産を夢見るときの不思議さがよく現れていると思います。出産というのは、ありふれた行為でありながら(これだけ人間があふれてるんやからな)、出産を経験しないものにとっては、永遠に想像するしかない経験であります(まあ出産以外にもそんなことはたくさんあるのだが、鮒寿司食べたことないまま死ぬとか)。私もそういえば若いとき、死産の夢をよく見ました。



「臺に乗る」の話が長くなってしまいましたが、その少し前の作品である「蟻たかる」も同時期に読んで非常に面白かったので、こちらについてもお話したくおもいます。



(つづく)

2013-10-16

河野多惠子の「蟻たかる」「臺に乗る」が面白かったの巻(第1回)

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最近、河野多惠子をずっと読んでおりまして、いくつか既読の作品もあったのだが初めて読む作品もあり、その中でも、「蟻たかる」「臺に乗る」という二作がとりわけ「面白いーー!!」と感じたのですが、何が面白いか説明しようとするとなかなか難しいので、以下、ちょびっとずつその説明を試みたいと思います。

いずれも、『河野多惠子全集』第3巻(新潮社)で読みました。

初出はそれぞれ、

とのことです。


以下、まず、あらすじを紹介します。(いわゆるねたばれ含)



まず、「臺に乗る」。

奇妙なタイトルのこの「臺」とは、産婦人科の、内診台のことです。

「臺」はラストシーンでやっと出てきます。

この物語は、主人公・丈子が内診台に上がろうとするところ、そして丈子の、

「わたしのような奇妙な願いからこの診察台に上がった女があったかしら」

という感慨で終わります。では、奇妙な願いとは何か。ということで、物語全体を見てみましょう。



丈子は30代後半の中年女という設定(ちなみに、私も、丈子より少し年下ですが同年代です)。既婚ですが、以前にも二年間一緒に暮らした男性がいました。だが、産みたい気持ちが「兆しはじめたかもしれない頃」、肺結核を発病します(この肺結核の設定は河野の作品に頻出します、作者本人も肺結核の体験をお持ちです)。そのままその男性とは喧嘩別れをし、のちに今の夫・戸川と婚姻届を出したものの、子供は無し。医者は、ほしいならひとりくらい産めそうだと言ったものの、丈子は、常人並みの健康は取り戻せそうもないし、そもそも、子供に対する執着がないのです。

とはいえ丈子と戸川は特別に避妊を対策するでもなく、丈子の正確な生理周期にのみ頼っています。


近所の電柱が火を噴いて、消防車が呼ばれる騒ぎとなったある日(この火事のモチーフも河野作品に頻出なのです)、丈子はその月の生理を見ます。このときの丈子の心情の描写は、女の人にはわりと「あるある」なのではないでしょうか。

安堵と鬱陶しさが同時に胸を掠め、鬱陶しさだけが拡がった。

うんうん。

しかし、それに続いて、丈子は次のように自問します。

が、水洗の鎖を引っ張り、威勢のよい水音が低くなるのを聞きながら外へ出たときだった。彼女はふと思った――訪れがあってよかったと、わたしに思う資格があるのかしらと。

このとき丈子は、「まだ一度も妊娠したことのない自分をそのとき初めて顧み」るのです。つまり、自分はこれまで生理周期にのみ頼る危うい方法で子供を避けてきたのに、今まで一度も失敗したことがない。世間では望まない失敗をする者もあるのに。もしや自分はそもそも不妊であり、受胎する能力がないのでないか。だとすれば、生理の訪れに安堵することに、一体どんな意味があるのか、と。



ここでまず私は、「おもろーーー!!」と思ったのでした。

何が面白かったのか説明します。

不妊というのは、ひとつの顕然とした事実であるとふつう想定されている、とおもいます。

子無きは去るべき時代・文化では、石女であることは大きなスティグマであったろうと想像しますし、今日でも、不妊治療のトピックや、晩婚化のための(とされる)不妊の話題がしばしば云々されています。それらは、明確にそこにある事実のように扱われています。

が、そもそも、不妊というのは、妊娠しようと試みた(それも継続的に試みた)ときにしか明らかにならないことなのである、ということがこの丈子の述懐の描写の中でぱっと点滅しているところが面白かったのです。産める・産めないの生理的問題が、じつは、産みたい・産みたくないの欲望の問題ありきなのであります。

――ここにぴぴっときたのは、私自身の現状が丈子と似ており、まさにこのようなことを昨今感じていたからだ、ということもあるでしょう。私も丈子と同年代で、生殖可能年齢も半ばを過ぎたようですが、思えば自分が妊娠可能であるのかどうか分からないのであります! 自分の身体が妊娠可能であるということは、(産むか産まないかは別にして、つまり、それが望まない妊娠であっても)妊娠してみせることでしか分からないではないですか。――

そもそもが妊娠できない身体であったのであるとすれば、これまでの、鬱陶しい生理のたびの安堵、および、ひやりとした夜から続く一連の心配の数々、はまったく無意味であったということになりますが、しかし、それ(無意味であったこと、つまり自分が不妊であること)を証明することは(妊娠しようとすることでしか)できないわけです。避妊というのは妊娠を避けることですが、避妊を続ける限り、そもそも避けるべき妊娠が可能なのかどうか分からないわけです。



――とはいえまあそんなことはまあふつうなことといえばふつうなことであって、また、べつに不妊に限らず、世の中に無限にあることであります(「近視は、眼鏡の無い世界にあって初めて障害になる」「数III・Cを履修していないことは、数III・Cが受験科目にある大学を受けるときにしか問題にならない」)。

ではさらに、どこが面白かったのかといえば、先ほど、「産める・産めないの生理的問題が、じつは、産みたい・産みたくないの欲望の問題ありき」だった、と書きましたが、その産みたい・産みたくないの欲望自体が、40歳近くなっても丈子にとっては、なんだか茫漠とした混乱したものである、という点、それとその茫漠っぷりであります。

以前のパートナーとの間で出産の希望が持ち上がったときの描写も、産みたい気持ちが「兆しはじめたかもしれない頃」とあいまいですし(「兆しはじめた」にしかも「かもしれない」付き!)、子供を避けながらも、避妊を生理周期にのみ頼るというやり方も実にあいまいで、保健体育の授業なら、「オギノ式と性交中断法(膣外射精)は避妊法に入りません!」と教えるべきところです。テストに出ます。覚えとこう。



では、話を物語の筋に戻します、

と、続きを書こうとしおもたのですが、目がちかちかしてきたので続きは次回にします。ちゃーお。




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