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アカデミズモは、アカデミズムの裏庭。そこには亀たちが棲んでゐます。



もともとは「京都アカデメイア」スタッフのグループブログの一つということで始めたブログですが、現在は個人的な雑記として用いています。心にうつりゆくよしなしごと等を記録することとします。

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2017-11-25

先生の目が見られなくなる

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最近、対人不安について勉強している人の話を聞いたのだが、最近の研究では、対人不安の人というのは、批判や否定的評価を回避しようとする傾向があるだけでなく、賞賛されることも回避しようとする傾向があるのだそうだ。

それを聞いて、学校時代のテストの思い出をふたつ思い出した。



ひとつは高校のとき。数学のテストで、クラス最低点を取ってしまった。入学して最初のまだ簡単なテストだったのに、なかなかのひどい点数だった。

先生が「最低点は36点!」と言うと、クラス中が「誰やねーん!」「アホやろ!」とわいわいし出した。お調子者の男子が「おい、お前やろ!」と言われ、「俺とちゃうわー!」と言い返していた。

ここで私が「ハイハイ私なんでーす!」と言えるようなキャラであればよかった。しかし私は、騒ぎの中で固まってしまった。先生と目が合った。「うっ」と思った。

先生は「こら、騒ぐな」とたしなめ、「誰かは公表しません、ほな授業始めるぞ」と言って話題を変えた。(それなら最初から最低点も公表しないでほしい。)


それから、この先生の視線が怖くなった。別にさほど威圧感のあるわけでもない普通のおっちゃんだったのだが、授業中に目が合うと、はっとして固まるようになった。先生もはっとしていた(ように見えた)。授業中に、問題を解いているところに巡回に来ると、動作がぎこちなくなった。

そのうちに先生は、私を指名しなくなった。名簿順に指名していても私を飛ばしたり、席順に指名していても私の前まで来ると横に逸れてしまったりするのだった。後々友達に話したら「考えすぎやって!」と言われたが、明らかに先生は私を意図的に飛ばしていた。指名してはいけない可哀想な子だと思われたのであろうか。この一年間、私は数学の時間に指名されることがなかった。



もうひとつは中学のときである。

このときは、国語の点数がクラスで一番になった。

先生が「最高点は98点」と言うと、皆「すげー」「誰々」と沸いた。またも私は黙っていた。

ちなみに、2点は漢字の書き取りでの失点であり、「しょくりょう(※料の字は使わない)」とわざわざ注記してあったのに「食料」と書いて×をもらったのだった。「糧」という字の存在を知らなかったので注の意味が分からなかったのである。注を無視したのは私だけだったらしく、点数とともにこのミスも発表され、更に教室は沸いた。

この国語の先生は、われわれの担任であった。


弁当の時間になった。

私は、クラスメイトのTと担任と机を囲んでいた。(※私とTはクラスの中で浮いた存在だったので担任が一緒に弁当を食べてくれていたのだった。)

話題はテストのことになり、担任が国語担当であるから国語の話になった。Tが「そういえば98点って誰やったんやろ、すごいなー!」と言った。私はぴくっとした。先生は私を見た。

「誰でもええやんか、詮索はやめよし」と先生は言ったが、Tは空気を読まないタイプだったので「なあー、誰なん、誰なん、先生教えてよー!」と食い下がった。先生は私をちらりと見て、「その人が名乗らへんのなら、名乗りたくないんやろ」と言った。


このときから、別に何の後ろめたいこともしていないのに、何か後ろめたいことをしたような気になり、担任のことは好きだったのに、目が見られなくなってしまった。

その後延々と私は後悔し続けた。なぜあのとき軽く「へへー、実は私やねーん」と言わなかったのか……。べつにそれで何か悪く思われるわけでもないではないか。なぜタイミングを捉えて適切な自己開示ができず黙って固まってしまったのか……。


この二つのエピソードからいえることは、ダメ人は、テストの点数が悪くても良くても先生の目が見られなくなる、ということである。






夫婦同姓について尋ねてきた学生さん

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あれはツイッターを始めた頃であるのでかなり前のことだろうか。どういう文脈かは忘れたが、その頃の何らかのニュースを受けてか、TLでは夫婦別姓を認めるか認めないかというような議論が起こっていた。というか主に、強制的同姓への非難がなされており、私もそれにのっかる形で何かひとこと書いたのだと思う。



するとそれに対して、見知らぬ人からリプライが飛んできた。「なんでそんなに夫婦同姓がいやなんですか? 全然想像つかないので教えてください」というようなものであった。



私は「うぐぐ……」と思った。

知らない人で、共通SNS上の知り合いもいなさそうだったので、どうやって私にたどり着いたのかは分からない。(おそらく「夫婦同姓」とかで検索して適当に見つけた相手にコメントしたのであろう。)

プロフィールを見ると、男子学生で、いわゆる「意識高そう」な印象であった。



「なんでそんなにいや」と問われても困る。

夫婦同姓に反対している人の中にも、多様な人がいるだろう。一方だけが改姓を強制されるのが屈辱的だとか、アイデンティティを失うみたいだとかいう人もいるだろう。(女性が改姓することがほとんどであるので)男性中心主義的だからイヤだという人もいるだろうし、特に思想はないけど不便だったり手間がかかったりするからやめてくれという人もいるだろう。その複合的な立場の人もいるだろう。そもそもイエ制度とか結婚制度がイヤなんだよ、結婚するならせめて別姓がいいんだよ、という人もいるだろうし、それ自体には特に問題を感じてない人もいるだろうし、むしろ自分のイエに誇りをもっていて姓を守りたい!とかいう人もいるであろう。程度についても、できれば別姓も許容してほしいな…くらいの人もいれば絶対同姓反対!という人もいよう。

そして私は別に、それらの人全体を代表するわけではない。なんで俺に訊くんだ。それに、である。


当時うまく言語化できなかったのだが、私は以下のようなことを思い、少しくイラッとした。

それに、である。そんなふうに多様な人がいることくらい、ちょっと調べれば分かるだろう。それを、おそらく自分は姓を変えさせられることはないだろう立場の人が、「なぜいやなのか分かりません」ってなんなんだ。分からないならまず考えるか調べるかしてくれよ。なんでそれを他者(=女)の問題として切り離したうえで自分は関係ないみたいな顔をして「なんで君たちそんな怒ってんの?」みたいなことを見ず知らずの人に言うてくるんや。


というようなことを私はふわっと思ったものの、SNSとはそういうものであろうと思ったし、また職業柄若い学生さんには親切にせねばならないという思いもあって、「~という人もいるでしょうし、また~という人もいると思います」的なリプライをした。

そしてそれには何のレスポンスもなかった。

この自分の対応は、どうでもいい知らん人相手とはいえかなり後悔している。



私はあんまり教育者という意識はないが(教育者のはしくれの「れ」の横棒くらいのはしくれさもない)、学生さんに教育的にと思うのであれば、そんな親切なリプライ(しかも返事返ってこない)をするより、上記のような苛立ちをそのまま伝えたほうがよっぽどよかったのである。もうどこの誰かも知らんけど(過去ログをたどれば分かるのかもしれないがもう見たくない)、どこの誰かも知らんその学生さんに改めて以上の内容を伝えたい。

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