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名菓アカデミズモとかわいそうな牛 このページをアンテナに追加

アカデミズモは、アカデミズムの裏庭。そこには亀たちが棲んでゐます。



もともとは「京都アカデメイア」スタッフのグループブログの一つということで始めたブログですが、現在は個人的な雑記として用いています。心にうつりゆくよしなしごと等を記録することとします。

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2011-06-15

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昨日文学部にいったらいろいろ変わってて隔世の感。雑誌書庫が東館に移ってたし。

でも、東館はいまや、京大で数少なくなった、昔の姿を残した建物でもある。

いくつか写真を撮ってきた。


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給湯室のドアがかわいいよー


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それにしてもどこも小奇麗になって、もはやパラダイス(桂小枝的意味での)な趣を残すのは、工学部の中庭のへんなソファとか置いてあってトマソン階段があるあたりだけになってた。あんまり「昔の京大よかった」みたいなことをいうやつになりたくないのだが、カメ池がなくなったのはさみしいよう。



トマソン(純粋階段)


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階段の裏に回ったら「気違いー!」っていわれた…


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それと、こないだ『ライアーゲーム』を読んでたら、アキヤマが京大吉田キャンパスぽいとこにいたので、ちょっとうれしくなった。右にいるの折田先生と折田看板だよね!


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神聖かまってちゃんとわが中学時代

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神聖かまってちゃんは、当初聴いたときはあんまよくわからず、ニートとかひきこもりとかネット世代とかいうあまりにもあんまりに現代的なキーワードで語られてたのも、なんかあざとい印象を受けてたのだが、「夕方のピアノ」を聴いた途端、ぐわっ!これはもうしょうがない! となった。ということは前もどっかに書いた気がする。


わたしにとってぐわっ!とくる音楽というのは、夜の高速道路のパーキングの感じ、子供の頃窓から続く瓦屋根を眺めながら「このときはずっと続かないんだな、お父さんもお母さんも私もいつか死ぬんだな」と思ったときの感じ、小学校の階段で手すりを握りながら急にふわーっと気が遠くなって今自分がどこにいるのか分からなくなった感じ、その感じを思い出させるような音楽なのである。そんで、「夕方のピアノ」はまさにそれだった。だから、音楽的にいいとか悪いとか、あざといとかあざとくないとか無関係に、これは好きだ!もうしょうがない!とおもったのやった。


「夕方のピアノ」は、歌詞も、の子(曲作り兼ヴォーカルの人)の子供時代のいじめ体験を歌っている。「死ねよ佐藤」と、いじめっこの実名を連呼する一見キワモノ的なその歌詞はセンセーショナルだとか或いは安直だとかいろいろ言えるだろうけど、(それは僕の心臓ではなくそれは僕の心に)刺さったのは、初めてじぶんという人間がたにんという人間に「死ね」と思ってしまうこと、だれかに憎しみを抱いてしまうこと、そのことによって否応なく(ユートピアとしての)子供時代から引き離されてしまう、という、その感じをうわわわっと思い出したから。



他に最近好きなのは、最初にインディーズから出たアルバムに入っている「ぺんてる」。

ぺんてるに/ぺんてるに/助けてくださいなんて言えればさぁ」。これは勝手な想像なのだけど、ぺんてるっていうのは、の子の地元の文房具屋かなんかであろうと思う。そんで、子供の頃からぺんてるは変わらず営業してて、お店の人も変わらなくて、それなのに自分だけが中途半端に成長していく、という感じ、という想像をしたのは、これを聴いたとき自分の中学時代を思い出したからであって、わたしの近所にも、近所の子供たちがみんな使うような文具屋があったのだが、中学生になってからその文具屋にいったとき、そこで部活の先輩に遭ったのだった。

中学の部活には上下関係を利用した軽いいじめみたいのがあったので、その先輩の姿を確認した途端、びくっとイヤーな気分になり文具屋の棚の陰で体を硬くしていた。そのときの感じ。

文具屋は小学校のときと変わっていない。店内はだるまストーブで暖かい。文具屋の優しいおっちゃんも小学生のときと同じにわたしに話しかけてくれる。先輩も小学生のときと同じにおっちゃんと話している。しかし、わたしと先輩の関係性だけが小学生のときとは違う。わたしはあの頃こんなびくびくしなかったし、先輩はこんな偉そうにしなかったし、おっちゃんがもう一回、小学生の頃に戻してくれないかな、でもそれはもう無理なんだな、てなそのときの絶望感を、「ぺんてるに/ぺんてるに/助けてくださいなんて言えればなぁ」というフレーズ聴いたとき思い出したのだった。



中学時代の諸々の衝撃というのは、今でもかなり鮮明に覚えていて、しゅうろんとかも、その中学時代の遺恨で書いたような気がする。というかわたしのすべてが、中学時代の遺恨でできている気がする。

上記のような中学のいじめが、それ以前のそれとどう違ったかといえば、中学のそれは、なにか社会的なものをバックにつけていたということだ。小学校時代にもクラスでのいじめとか人間関係のごたごたとかがあったが、それはある程度先生が止めてくれたし、何かあったらお父さんやお母さんが味方になってくれるだろう、という安心感があった(あくまでわたしの場合であって、小学生のいじめがすべてそうであるというのでは勿論ない。うちの小学校が特に平等主義的な教育方針だったということもあるかも)。が、中学のいじめっこたちは、なんか、社会的な権威や社会の中での序列を味方につけていて、それに対し自分は孤立している、という感覚があった。


そしてそれは、性差に関する制度と関係していた。どう関係していたのかは今でもうまく言うことができないが、中学に入って、女子はスカートで男子はズボン、女子は家庭科で男子は技術(わたしの時代はまだそうだったのです)と性別化されたそのことのイヤさと、中学いじめのイヤさは、同じものだったのだ。

同時に、異性の承認を得られているかどうかということが、学内ヒエラルキーの中で重要なファクターになりつつあり、そのことによって、それまでの自分の価値観が崩れていくのもいやだった。(たとえば、理不尽なことを言って後輩をいびる先輩がいた。普通に考えれば、そいつのいってることはおかしいし自分は何も間違ってないし怖がることはない、と頭ではわかるのだが、彼女はすごく男子にモテた。そのことに思い至ると、なぜか、「やはり彼女が正しくてわたしが間違ってるのではなかろうか…」という気持ちになったものだった。)



なんの話だったかというと神聖かまってちゃんの「ぺんてる」なのだが、その「助けてくださいって言えればなぁ(でもむり)」という気持ち、そして、「ぶ厚い風に飲み込まれちゃいったい僕はどうなるんだろうとまだ考えてるのに/人生がふわっと舞い上がる/あーもう嫌だ、ゆーっくりと大人になりました」。「あーもう人生が完全に狂っちゃっている」。12や13の頃の、ずいぶん年をとってしまったような、これからどうなるのか何もわからないまま重くだるい体を引きずって歩いてたときの感じ、ついこの間のことなのにもはやはるか遠い子供時代への狂気じみた郷愁、その、子供時代から全力で引き離される悲痛な感じ、で、それらをぜんぶごった煮にしたぐるぐるとけだるさの中から「買いに行きたいのです!」という意味を失ったシャウト。もういいや、以下略


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