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名菓アカデ◎ミズモのかわいそうな牛 このページをアンテナに追加

アカデミズモは、アカデミズムの裏庭。そこには亀たちが棲んでゐます。



もともとは「京都アカデメイア」スタッフのグループブログの一つということで始めたブログですが、現在は個人的な雑記として用いています。心にうつりゆくよしなしごと等を記録することとします。

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京都ぬるぬるブログ
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(パイロン、貼り紙、絵馬、動物、犬など)

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■京アカでの書き物:
「精神分析とジェンダー」ブックガイド
書評『バンギャル ア ゴーゴー』
書評『摂食障害の語り 〈回復〉の臨床社会学』
書評『勝手にふるえてろ』



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2017-11-25

先生の目が見られなくなる

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最近、対人不安について勉強している人の話を聞いたのだが、最近の研究では、対人不安の人というのは、批判や否定的評価を回避しようとする傾向があるだけでなく、賞賛されることも回避しようとする傾向があるのだそうだ。

それを聞いて、学校時代のテストの思い出をふたつ思い出した。



ひとつは高校のとき。数学のテストで、クラス最低点を取ってしまった。入学して最初のまだ簡単なテストだったのに、なかなかのひどい点数だった。

先生が「最低点は36点!」と言うと、クラス中が「誰やねーん!」「アホやろ!」とわいわいし出した。お調子者の男子が「おい、お前やろ!」と言われ、「俺とちゃうわー!」と言い返していた。

ここで私が「ハイハイ私なんでーす!」と言えるようなキャラであればよかった。しかし私は、騒ぎの中で固まってしまった。先生と目が合った。「うっ」と思った。

先生は「こら、騒ぐな」とたしなめ、「誰かは公表しません、ほな授業始めるぞ」と言って話題を変えた。(それなら最初から最低点も公表しないでほしい。)


それから、この先生の視線が怖くなった。別にさほど威圧感のあるわけでもない普通のおっちゃんだったのだが、授業中に目が合うと、はっとして固まるようになった。先生もはっとしていた(ように見えた)。授業中に、問題を解いているところに巡回に来ると、動作がぎこちなくなった。

そのうちに先生は、私を指名しなくなった。名簿順に指名していても私を飛ばしたり、席順に指名していても私の前まで来ると横に逸れてしまったりするのだった。後々友達に話したら「考えすぎやって!」と言われたが、明らかにそうであった。指名してはいけない可哀想な子だと思われたのであろうか。この一年間、私は数学の時間に指名されることがなかった。



もうひとつは中学のときである。

このときは、国語の点数がクラスで一番になった。

先生が「最高点は98点」と言うと、皆「すげー」「誰々」と沸いた。またも私は黙っていた。

ちなみに、2点は漢字の書き取りでの失点であり、「しょくりょう(※料の字は使わない)」とわざわざ注記してあったのに「食料」と書いて×をもらったのだった。「糧」という字の存在を知らなかったので注の意味が分からなかったのである。注を無視したのは私だけだったらしく、点数とともにこのミスも発表され、更に教室は沸いた。

この国語の先生は、われわれの担任であった。


弁当の時間になった。

私は、クラスメイトのTと担任と机を囲んでいた。(※私とTはクラスの中で浮いた存在だったので担任が一緒に弁当を食べてくれていたのだった。)

話題はテストのことになり、担任が国語担当であるから国語の話になった。Tが「そういえば98点って誰やったんやろ、すごいなー!」と言った。私はぴくっとした。先生は私を見た。

「誰でもええやんか、詮索はやめよし」と先生は言ったが、Tは空気を読まないタイプだったので「なあー、誰なん、誰なん、先生教えてよー!」と食い下がった。先生は私をちらりと見て、「その人が名乗らへんのなら、名乗りたくないんやろ」と言った。


このときから、別に何の後ろめたいこともしていないのに、何か後ろめたいことをしたような気になり、担任のことは好きだったのに、目が見られなくなってしまった。

その後延々と私は後悔し続けた。なぜあのとき軽く「へへー、実は私やねーん」と言わなかったのか……。べつにそれで何か悪く思われるわけでもないではないか。なぜタイミングを捉えて適切な自己開示ができず黙って固まってしまったのか……。


この二つのエピソードからいえることは、ダメ人は、テストの点数が悪くても良くても先生の目が見られなくなる、ということである。






夫婦同姓について尋ねてきた学生さん

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あれはツイッターを始めた頃であるのでかなり前のことだろうか。どういう文脈かは忘れたが、その頃の何らかのニュースを受けてか、TLでは夫婦別姓を認めるか認めないかというような議論が起こっていた。というか主に、強制的同姓への非難がなされており、私もそれにのっかる形で何かひとこと書いたのだと思う。



するとそれに対して、見知らぬ人からリプライが飛んできた。「なんでそんなに夫婦同姓がいやなんですか? 全然想像つかないので教えてください」というようなものであった。



私は「うぐぐ……」と思った。

知らない人で、共通SNS上の知り合いもいなさそうだったので、どうやって私にたどり着いたのかは分からない。(おそらく「夫婦同姓」とかで検索して適当に見つけた相手にコメントしたのであろう。)

プロフィールを見ると、男子学生で、いわゆる「意識高そう」な印象であった。



「なんでそんなにいや」と問われても困る。

夫婦同姓に反対している人の中にも、多様な人がいるだろう。一方だけが改姓を強制されるのが屈辱的だとか、アイデンティティを失うみたいだとかいう人もいるだろう。(女性が改姓することがほとんどであるので)男性中心主義的だからイヤだという人もいるだろうし、特に思想はないけど不便だったり手間がかかったりするからやめてくれという人もいるだろう。その複合的な立場の人もいるだろう。そもそもイエ制度とか結婚制度がイヤなんだよ、結婚するならせめて別姓がいいんだよ、という人もいるだろうし、それ自体には特に問題を感じてない人もいるだろうし、むしろ自分のイエに誇りをもっていて姓を守りたい!とかいう人もいるであろう。程度についても、できれば別姓も許容してほしいな…くらいの人もいれば絶対同姓反対!という人もいよう。

そして私は別に、それらの人全体を代表するわけではない。なんで俺に訊くんだ。それに、である。


当時うまく言語化できなかったのだが、私は以下のようなことを思い、少しくイラッとした。

それに、である。そんなふうに多様な人がいることくらい、ちょっと調べれば分かるだろう。それを、おそらく自分は姓を変えさせられることはないだろう立場の人が、「なぜいやなのか分かりません」ってなんなんだ。分からないならまず考えるか調べるかしてくれよ。なんでそれを他者(=女)の問題として切り離したうえで自分は関係ないみたいな顔をして「なんで君たちそんな怒ってんの?」みたいなことを見ず知らずの人に言うてくるんや。


というようなことを私はふわっと思ったものの、SNSとはそういうものであろうと思ったし、また職業柄若い学生さんには親切にせねばならないという思いもあって、「~という人もいるでしょうし、また~という人もいると思います」的なリプライをした。

そしてそれには何のレスポンスもなかった。

この自分の対応は、どうでもいい知らん人相手とはいえかなり後悔している。



私はあんまり教育者という意識はないが(教育者のはしくれの「れ」の横棒くらいのはしくれさもない)、学生さんに教育的にと思うのであれば、そんな親切なリプライ(しかも返事返ってこない)をするより、上記のような苛立ちをそのまま伝えたほうがよっぽどよかったのである。もうどこの誰かも知らんけど(過去ログをたどれば分かるのかもしれないがもう見たくない)、どこの誰かも知らんその学生さんに改めて以上の内容を伝えたい。

2017-08-05

『生きづらさの自己表現』、病理と創造と安定と生活、私の文章書きについて

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最近読んだ本でよかったのは、藤澤三佳『生きづらさの自己表現』(晃洋書房、2014)。

精神病院での造形教室、今村花子の食べ物アート雨宮処凛の人形作りや河瀨直美のセルフドキュメンタリー、などさまざまな事例を挙げながら、「芸術療法の視点とアートの視点の違い/交差」「アールブリュットとは」「表現することでの他者との相互作用」など、諸々気になっていたテーマが語られており、興味深い本だった。

何よりも、豊富な事例の中で、知らなかった作家・作品や詳しく知らないが気になっていた作家・作品について知ることができたのが良かった。





で、気になった箇所や知ったことを読書メモとして紹介しようと思ったのだが、それよりも、個人的な感慨と結びつけて思うところがあったので、それを整理しておきたい。(よって以下はこの本とはあまり関係のない私の個人的な話であって、書評的なものではない。)



上記に挙げたいくつかのテーマのうち、私がもっとも興味をもってきたのは「セラピーアート」の関係である。

芸術で何かを表現することで精神的な困難が癒えていく過程がある。それはどういうプロセスなのか、ということはずっと自分のテーマであり続けているところである。一方でしかし表現には、それに留まらない何かもある。たとえば創造行為によってストレスを抱える人その中で病んでいく人、または症状と創造が一体であるような人もある。

そしてそのメカニズムへの興味は、しょぼい体験ではあるけれども自分自身の文章体験に基づいていたのだなあということを、この本を読んで思い出した。




私は現在べつにプロの売文家ではないし、文章が上手いわけでもないのだが、なぜか子供の頃から、いろんなことが苦手である中で、文章を書くことは比較的好きであり、ある時期からはその行為に深い思い入れをもってきた。その思い入れをもつに至った転機は二つあった。


ひとつは、小学四年生のときである。

それまでも作文を誉められたことはあったが、誉められたものを自覚的には良いと思ったことがなかった。たとえば、三年生のときに入選した作文は、「蝉をせっかく捕まえたのに死んだ」ということを書いたものだったのだが、自分では実際にあったこととそのときの気持ちをありのまま書いただけだし、つまらない作文だと思っていた。その他、授業で作文を書くと先生が気に入った箇所に赤で波線を引いてくれるのだが、なぜそこが誉められるのかいつもよく分からず「大人はこういうとこを評価するんやなあ」くらいに思っていた。自分では、作文というのは、道徳的なこととか立派なこと、きれいなことを書くものだと思っていた。

しかし或る日、「これからはちゃんと整理整頓したいと思います」みたいなことを書いた作文を母に見せると、母が「あんたの作文はきれいごとばっかりやん」と言ったのだった。(※私は整理整頓が超苦手であった。)

それは私には衝撃だった。それによって、「作文ってきれいごとを書くもんとちゃうんや! 文章って、自分の思うことをありのままに書いてもええんや!」ということを知ったのだった。母の言いたいのはむしろ「きれいごとを書いたんならちゃんとそれを実行して整理整頓しろ」ということだったと思われるが、相変わらず整理整頓はしないまま、これを機に文章を書くという行為の意味付けが自分の中で転換されると同時に明確になった。



ふたつめは、小学六年生のときである。

思春期真っ只中の時期で、学級が荒れていた。当時そんな言葉はまだなかったが学級崩壊の状態であった。学級の中での序列(いわゆるスクールカースト)が形成され始め、イジメのようなことも起こり始めた。私はカーストの下層に在りつつ、色々ドロドロした思いを抱えていた。

先生が見かねて授業時間を一時間潰し、全員に作文を書かせた。(このとき全員マジメに書いたわけであるから、今思えば皆溜まっているものがあったのだろう。)私は原稿用紙20枚に渡って、ドロドロした思い、劣等感、焦燥感、云々をぶちまけた。(この頃既に「作文とはありのままを書くもの」という自然主義的芸風が確立されており、日々先生に提出する日記には「生理で血がどろっと出る感触がイヤだ」「陰毛が生えた」「寝る前こんな妄想をする」などなど先生も反応に困ったであろうことまで書いていた。)

それから数日、ホームルームで先生が、「書いた本人は『皆の前で読まないでほしい』と書いているけれど、ごめんなさい、どうしても皆に紹介したいので読みます」と宣言し、私の20枚を朗読し始めたのであった。今思えばひどい話だが、これは結果的には良かった。自分の20枚が読み上げられる間は気が気ではなかった。皆に読まれるなんて思ってもいなかったから、「私は○○さんや○○くん(イジメっ子の名前)がうらやましく、いつも妬んでいます」など、個人名を挙げてあまり本人に知られたくないことも書いていたのだった。

先生が読み上げ終わった後、皆に何と言われるかとびくびくし、生きた心地ではなかった。しかし教室は無音になり、ホームルームが終わると、普段交流の無かった子やイジメっ子グループに属していた子がわらわらとやってきて、「うち、感動したわ」「あんなこと考えてたんやね、感心した」というようなことを口々に言ったのだった。

普段であれば対等に接することができない子と、文章を介してであればコミュニケイトすることができた! しかも普段接点のない子を「感動」させることもできた! ということは、中毒性ある体験だった。

先生は保護者懇談会でもその作文を読み上げたという。友達のお母さんにも「あなたの作文感動したわ」と言われ、文章だったら大人とも対等に渡り合えるんや!と驚いた。



この感覚が、私が文章を書くときに長らくもっていた感覚だった。

自分は口下手だし、見た目や挙動やいろいろがいろいろダメなので、子供の頃から他人に「一段低いもの」として扱われ続けてきた。自分でもそのような意識を持ってきた。

しかし文字を書くとき、自分と世界の間にある溝が、一文字ずつ埋まっていくような感覚を覚えた。




中高生の頃は、あれこれ雑文を書いては冊子にして人に読ませたりしていたし、インターネットに触れるようになってからは、個人サイトを作ってあれこれ書いていた。文章を読むと、それまでダメ扱いしていた人たちが、一目置いてくれたり人間扱いしてくれたりした。それは子供の頃から一貫していた。まとまった作文だけでなく、学級日誌やクラスの子への年賀状に添える文章(キモいほどハイテンションでそれらを書いていた)もそうだった。普段の「一段低いもの」としてではなく、それによって人間として皆と関われる感じがした。

だが、高校生くらいからたびたび、「こんなことをしていてはいけない、文章を書くなんてすっぱりやめなくてはならない」という危機感を感じるようになった。

その危機感が何だったのか、上手く説明することができない。ただなぜか、「こんなことをやってたらマトモな社会生活が遅れなくなる、ちゃんとした仕事とか結婚とかできない大人になる」と思っていた。

その感覚はなんだったんだろう。書くことは自分と社会の溝を埋める、人とコミュニケーションする手段だったはずだ。でもそれだけではい、自分を食い潰したりコミュニケーション社会生活を阻害したりする要素もそこに感じていたのだろうが、その要素ってなんなんだろう。昇華したはずが、またゴミが出てくる、みたいな。



ということを思い出したのは、『生きづらさの自己表現』の中で、いくつか、社会生活と創作との葛藤をめぐる語りを読んだからである。

たとえば、第二部で、木村千穂さんという画家が紹介されている。彼女は摂食障害アルコール依存の経験を美しい絵画作品として描いた人で、テレビ番組で紹介されたこともあるという人だが、現在はもう絵を描いていないという。

これに関して、取材の中での言葉がいくつか紹介されている。彼女は自助グループの中で、それまで絵でしか表現できなかった苦しさを言葉で語れるようになったという。(著者によると、音楽やダンスで自己表現していた人にも、自助グループで苦しみを言語化できるようになると自然と「それらを取り上げられる」状態になることがあるそうだ。)また、フルタイムの仕事も見つかった今、「今でも感じる心は自分の中にありますがもう描くことは手放してしまいました」(p.135)。苦しいときは面白いほど描けたのに、今は「絵の具はただの絵の具、鉛筆はただの鉛」にしか見えないという。

社会との接点であった絵画表現は、苦しみの言語化や生活の安定とともに必要とされなくなっている。創作はそれらを得るまでの臨時の代替手段であった、と言っていいのだろうか。



第一部では、精神病院の造形教室の作家が何人か紹介される中、「すぎもと」という女性の絵が紹介されている。虐待経験をもち社会不安やリストカットの症状から描き始めた「すぎもと」さんは、「絵に支えられている」という。絵が注目されるも、お金が絡むと「純粋に絵と向き合えなくなる」という理由から商売にはしない。

彼女は仕事をもってもいて、会社では自分の病を知らない仕事仲間の中でよいストレスを得ているという一方で「一番恐ろしいのは、このまま、まともな社会人になってしまわないかということ」(p.43)とも言う。「自立して生活安定していく事と絵に没頭することの両立はとても難しいのです」とも語っており、それは時間の余裕など物理的事情だけのことではないのだろう。

本来、絵を描くのが治療的価値を期待して始められたことであって、それが生きる支えとなっているというのならば、描かなくとも生が安定すればそれでいいはずである。しかし「すぎもと」さんは安定した「まともな社会人」になることを「恐ろしい」ことと言い、安定の中で描いたものを「つまらない」「どん底に堕ちなきゃ何も生まれません。今は幸せで、自分らしくないです」というのである。

描くことはセラピー的でありながら、セラピー以上の意味をもっていることが解る。



この、「描くこと」の両義性。

この両義性に、私は、自分の高校生の頃の、「書くこと」をめぐる葛藤を思い出したのだった。

自分と社会をつなぐもの、生を支えるもの、精神を安定させるもの、というセラピー的意味をもちながら、それだけに留まらず、「自立して生活安定していく事」と両立しない・相容れないような破壊的力をもっており、だから表現や創作は単なる安定した社会生活代替ではありえなくて、しかし「すぎもと」さんはおそらく、その破壊的力に描くことの本質のようなものを見出し、それを重視しているのだろう。



かつ、本書を読んで気付いたこととして、そんなふうに私たちは表現のセラピー的側面と非セラピー的側面を対立させて考えがちであり、つまりそれは、セラピー的視点とアート的視点の対立であって(「治療的価値をとるかアート的価値をとるか」=「社会に適応できるほどほどのところでやめとくか自壊しても表現を追求するか」)、本書でもその二つの視点が対立的に書かれている面もあるのであるが、しかし実は本書の随所で示唆されている通り、「セラピーにもいろいろあるよな」ということにふと思い当たったのだった。画一的な社会的スキルを身につけて社会適応しおおせることだけが「治療」であるのか?といえばそうではなく、「治療」の考え方も本来さまざまで、もっと豊穣であるはずなのではなかったか。



で、自分の文章書き歴の話に戻ると、自分の場合もこの「セラピーか(=ほどほどにしとくか)アートか(=もっとやるか)」みたいな葛藤があったわけなんだけど、その後大学で論文(=別に商売ではないが義務ではある文章でかつ自己表現的な部分もあるんだけど自己表現ではいけない)を書かなあかん羽目になったので、自分と文章との付き合いはちょっと違うフェイズに入ってしまった感があるのだが、それについてはあんまり考えたことがないのでとりあえずここで終わる。

2017-03-21

老人と嘘

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祖父(父方)は、善人でも悪人でもなかったが、ナチュラルに嘘を言うことがあった。嘘、という言い方は適切ではないのだが、なんといってよいか分からない。微妙に話を盛るというか、いや、これも違うな。



私が大学院に通っていた頃、祖父が「この間、あんたの先生にばったり会うた」と言い出したことがあった。祖父が病院へ行く道で、私の指導教官が、「はっ、これは〇子クンのお祖父様ではありませんか」と声をかけてきたのだという。

祖父が、孫がたいへんお世話になって、というような挨拶をすると、教授は、

「我が大学院の学生は皆それぞれに優秀ですが、とりわけ△子クンは優秀で期待しておりますぞ、あっはっは」

と言ったのだそうだ。


しかしこの話はどう考えてもありえないのである。

まず、私はまったく優秀ではなかったし、いやそれ以前に、教授は「~クン」とか「~ですぞ、あっはっは」とかいう喋り方をする人ではなかったし、さらにそれ以前に、祖父も教授も互いに会ったこともないのだからもし本当にすれ違ったのだとしても互いに識別できるはずがないのである。

よって、祖父のファンタジーと見るのが妥当なのであるが、祖父にとってこの出来事はありありと体験されていたらしく、それを修正することはできそうになかった。



祖母の方は老いてから重度の認知症発症し、われわれを戸惑わせたものであったが、祖父は死ぬまで頭はハッキリしており、ボケていたわけではなかった。虚言癖というほどのものでもないし、人格的にそれほど大きなトラブルもなく、そこまで妄想じみたことを言うわけでもなかった。ただ、しばしば、こうしたモードになるのだった。というか、普段からナチュラルにこうしたモードなのであった。



この十年ほど前、私が大学に入った頃だっただろうか、家に帰ると、祖父の字で書かれた「ご学友の〇〇氏より電話あり」というメモがあった。

(当時私はまだケータイ電話をもっておらず、友人らは自宅電話に連絡しなくてはならず、そのたびに祖父が出るので緊張したという。)

それが、友人の名前が仮に「吉本圭介」だったとすると、「吉元敬助」のような微妙に違う字が当てられており、しかもそれが特に迷いなく堂々と書かれているのだった。

「おじいちゃん、吉本くん(仮名)から電話あったん?」と確認すると、祖父は、

「おう、『わたくし△子さんの学友の吉元であります、共に勉学に励んでおります』て言うてはったわ」

と答えるのだったが、吉本くん(仮名)は「わたくし…」とか言うキャラではないし、そもそも一緒に勉学に励んでもなかった。しかし祖父の中では、吉本くん、いや吉元くんはたしかにそう言ったらしい。



このような祖父の嘘というか心的現実の中で、最も黒いもののひとつは、私の学資保険を使い込んだことを母のせいにした件である。ひどい話であるが、祖父はこれもまた「嘘」をついているつもりはなかったのであろう。

2017-03-13

分からないことと分からない気持ちが分かることと分からないことが分からない気持ちも分かることとやっぱりいろいろ分からないこと

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大学に入ったばかりの頃、塾講師のバイトを始めたという友人が、「こんな簡単な問題も分からないような生徒ばかりで信じられへん、教えても無駄な気がする」とぼやいていて、彼はこれまで勉強が分からなかったことがないというので、この人はずっと「分からない・できない側」の気持ちになったことがないんや!と衝撃を受けた。

私もその頃教えるバイトをしていたのだが、自分が全然勉強ができない時期があったため(あと、体育は生まれてこのかた時期を問わず一切できたことがないため)、分からない・できない子の気持ちが自分は分かるぞ、それは自分の強みかもしれないな、と思った。


勉強が壊滅的にできなかった時期は、なぜ・何が分からないのかと言われても、まず、なぜ・何が分からないのか分からないし、もはや断片的にしか意味がとれない言葉が話される45分間の授業の間、ただ漫然と座っていて(あまりに暇なので「どれだけ長く息を止められるかゲーム」をよく一人でやっていた)、ときどき当てられて絶対答えられるはずのない問いを問われる苦痛は、できない側であったことがなかった人にはなかなか分からないと思う。

理科の時間に指名されて、「~は何個や?」となんかの個数を訊かれ、それの答えは「6個」かなんかそんな感じだったらしいのだが、なんかの個数を訊かれているという以外のすべてのことが分からなかったので、とりあえず教科書を開き、開いたところに「26000」みたいな数字があったので「26000個」と答え、先生にめっちゃ怒られたのを覚えている。


あの先生からすれば、なんでそんなことになってしまうのかさっぱり分からなかっただろうし、ふざけているように見えたかもしれない。

その他、英語のbe動詞が意味分からんかったし(「this is a pen」の「is」は「これはペンです」の「は」なのか「です」なのか分からなかったため英語は詰んだ)、また、体育の逆上がりは毎日居残りしたが結局できなかったし、いずれも、できる人にしてみれば、なぜそんな簡単なことが分からない・できないのか、理解できないだろうと思う。


その、分からない人のことを分からない、できる人の気持ちも分かるところがあって、というのは、小学生低学年のときは国語だけはできたからだ。国語のテストでどうして40点とかをとる人がいるのかまったく分からなかった。国語って文章を読むだけなのに、どこに分からない要素があるのか分からず、のび太が算数や社会はともかくとして国語でも20点とかをとってるのを見て、「どうやって20点とかとれるんや」と思っていた。



この国語における分からないことの分からなさが解消されたのは、7、8歳頃、親戚から借りた『ああ無情(レ・ミゼラブル)』を読んだ(正確には読んだとはいえない)ときである。敬愛する従姉のおねえちゃんがおり、そのおねえちゃんの愛読書であるというので、「ちょっと難しいかもしれへんで」と言われつつ、読む気まんまんで借りたのであるが、文字を追ってもさっぱりどういう話なのか分からなかった。

「知らない漢字がある」という以外の理由で文章が理解できなかったのはそれが初めてのことで、「よく漫画とかで見る『難しい本が分からない』というのはこういうことかーー!!これが、『分からない』かーー!」と思った。本の内容は分からなかったが、分からないとはどういうことかが分かったのだった。


だがそのような、分からない側であった体験とか、分からないことが分からない側であった体験とか、分からないということが分かった体験とかがあるにもかかわらず、そしてそれが自分の強みだと自負していたにも関わらず、しかしやっぱり実感的に分かっているのは自分の体験した範囲内での分かったり分からなかったりだけであって、今でも実際に、自分がやすやすとできていることができない人に会うと「分からないらしいことは分かるが、なぜ分からないのか分からない!」と困るし、自分ができないことをやすやすとできている人に会うと、「できない者の気持ちを分からないやつめ、ふざけんな!」と腹を立ててしまう。





被害を訴えられるとき

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被害を訴えられ、かつ、その被害の内容が事実か分からない場合の対応の仕方に、いつも失敗し続けているように思う。



まず、人から何らかの被害を訴えられたり相談されたりするとき、聞かされた人は「これはウソかもしれない」とか「大袈裟に言ってるのかもしれない」とか「この人が悪いんじゃないか」とか思ってしまう傾向があることは、常に肝に銘じておいたほうがよいと思っている。

(どうでもいいけど「肝に銘じる」という慣用表現がなんか嫌いであるのだが他に適当な言葉がないので使ってしまった。ほんまにどうでもいいな)

これはおそらく防衛反応であって、誰かがひどい目に遭っているということを聞くとき、自分が同じ目に遭う可能性があると考えたくなかったり、或いは、同じ目に遭っていない自分が責められているように感じたりして、そうした気持ちゆえに、そのひどい目に遭っている人の訴えを聴くのにバイアスがかかってしまうものだと思う。何らかの事件報道のたびに、「被害者にも落ち度があったのでないか」的な論や自己責任論が出てくることはその証左だと思う。みんな、被害者にも落ち度があったと思うことで、落ち度のない自分はそんな目には合わないはずだと安心したい・万能感を保ちたいのだと思う。

(今聖書読書会ヨブ記を読んでるんだけど、ヨブにふりかかる理不尽な災いの数々を、ヨブの友達たちが「お前がなんか悪いことしたんちゃうか」みたいに責め続けており、ああ、これよくあるやつや……と思う。というかそいつらは友達なのか、という話である。)



そのような人間心理バイアスを考慮に入れると、何らかの被害を訴えられたときは、極力それはすべて真実だと思って聴くくらいでちょうどいいとは思うのだが、その内容が、およそありそうもない場合、たとえば認知症精神病性の妄想などによると思われる(がちょっとくらいは事実である可能性がなくもない)内容であった場合、いつも態度を誤ってしまう。


まず、あるべき態度としては、世の中にはまさか本当にそんなことがあるとは思えないことがけっこう起こっていることを思えば、一概に妄想であると断定することは危険であるかもしれず、一応は事実である可能性も念頭においておかねばならない、ということがひとつ。(実際これまで、妄想であったと思われていた被害の訴えが実は事実であったり、あるいは故意に妄想ということにされて握りつぶされた訴えがあったりしてきた。)

また、たとえ妄想であったとしても、その人がその妄想の結果苦しんでいるということは本当であるから、訴えの内容を認めるかどうかは別にしてその苦しみは認めなくてはならない、ということがひとつ。

かつ、それが妄想であったとしたら、「そんなの妄想だよ」と修正しようとしても多くの場合修正されることはないので、それは医療に任せるべきであるとして、正しい態度としては、「事実であるという可能性を念頭に置きつつ・妄想であったとしても修正できないので内容への判断は保留にして・その人の苦しみだけは認めそれを聴く」ことである、とは分かっているのだが、いつもこれに失敗する。

たとえば「AさんがBさんに被害を受けた」と訴えているがAさんもBさんもともに自分の友人であり、Aさんに寄り添うことがBさんを疑うことになりBさんに悪いと感じられてしまう、ような場合である。

2017-02-20

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大泉実成加藤直樹木村元彦著『さらば、ヘイト本!――嫌韓反中本ブームの裏側』(ころから、2015)




あとで書く

2017-02-19

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普段写真主体ブログヤプログで書いてますが、そっちはあんまり読書メモとか長文とか書くのに適してないので、放置しているこちらも活用していこうとおもう。

当初は京アカスタッフ活動報告用として招いていただいたグループブログであったが、ここ数年あまり京アカにも関わっておらず(名ばかりスタッフですみません)、登録当初とはずいぶん書く内容も変わってしまいますが(当初のブログを見てたら仲間内の連絡やら活動報告的なものが多くて驚いた)、リニウアルってことでデザインとかヘッダの文言とかも変えてみました。よろしく。

2017-02-02

モモコ、姉になる

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ついに姉になりやがった―――。

モモコの嘘には既に馴れてしまったが、何故姉にまでなる必要がある?

母は呆れ果てながらしばらく、インターフォンの前に立ち尽くしていたという。


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2016-03-16宣伝:LINEスタンプ第2弾!愛と平和のインビュー

poillon20160316

前回宣伝したホル子スタンプに続き、第2弾も作りました。

「愛と平和のインビュー」。

今回は、愛と平和とエロスを意識してつくりました。よろしくね!

https://store.line.me/stickershop/product/1245591/ja


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2015-06-10

poillon20150610

宣伝:LINEスタンプ発売中

| はてなブックマーク -  宣伝:LINEスタンプ発売中 - 名菓アカデ◎ミズモのかわいそうな牛

LINEスタンプとやらをつくってみました。

「ホル子17歳」、よかったら使ってください!

https://t.co/wWdMNVKyG5


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現在、主に本人が喜んで使っている状態です。






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