閏日っ。
完全に自己満足ですが、これまで京アカ関連で作らせてもろた素材やビラやポスターを整理してみまーす。
ではいくよっ★
(も)くんが京都アカデメイアというものを作ろうとしてると聞き、わたしは京アカってどんなもんにしようとしてるんだかよう分からんまま、気づけば(も)くんの家に集まって京アカホームページを作ろう!という話になっており、なんか参加することになり、よう分からんまま(あ)氏と三人で集まって、わいわい作ったんを覚えてます。
そのときとりあえず、メンバーとしてその場にいた三人の名前をupしたんですが、(も)くんが「社会思想史」と専攻を記していたのに対し、(あ)氏は「ホームページ担当」、わたしは「ホームページデザイン担当」と名乗り、(も)くんが「技術屋ばっかりじゃないですか…僕もビラ担当とかにします」と言い出すなど、当初から意味のわからん団体臭でいっぱいでした。
そのときに、トップ頁のロゴを作らせてもらうことになり、作ったんがこれです。当時わたしはやたら桜にこだわっていて(4月だったし)、桜と宇宙っぽい感じにしたんや。いかにも素人の作って感じですが(素人なんですが)、京アカにこめた雄大な思いがつたわりませんか?(京アカって何とかいうてたくせに…)
その際に、ぼつになったものたち。
さいきんのロゴ。
NFイヴェントをやることになって、ついったー始めようと(つ)くんが提案したんでしたっけな。忘れたけど。ついったーも最初はぜんぜんつぶやいてませんでしたね。。
そのつぶやかないついったー用につくったアイコン。みずみずしい感じにしようと、五月の菖蒲をイメージしたんですが、とにかくつぶやかなかった。
現行のアイコン。
サイトからブログにリンクしているバナーです。だから何?って感じですが。
読書会のページに使ってる素材です。これもだから何?て感じです。
NFにチャーリーさんを呼ぼうちうことになって、大学生活××年間をNFと無縁のままに生きてきたわたしは、わわーとなったものです。みんなが「NFに企画をやろう!」と言いだしたとき、講演企画とは思わず、「たこ焼き屋?ワッフル屋?」とおもってしまったことをここに告白いたします。
で、これはNF用ビラ。らくだを切り抜くんがたのしかったです。(http://acephale.g.hatena.ne.jp/may_ca/20101027)
しかし今見ると、見辛いビラやな。。すみません。
京アカとは直接関係ないんですが、『アートクリティーク』が出たときに、ガケ書房さんに置いていただくポップを書かせていただきました。フリル付けたりマニキュア塗ったりして、わたしは楽しく作ったんですが、S井さん的にはこれでええんかちょっと心配しました…。
これって2011の新歓企画? ちうことはもう1年くらい経つんですかのう。早いのう。。会自体にはちらっと顔出しただけでした。
異分野交流っていうから、動物がいろいろいるといいかと思って、切り絵した。軽音サークルと勘違いしてきてくれる人がいたらいいなと思って(いない)ギターとかも。ギターのモデルはウィルコのテレキャスターです。
このビラ見て来てくれた人っているんかいね。写真の選定で、楽しげな写真があまりにも少なくて涙した。
サイエンスルーさんとの合同企画。これはたくさん人が来てくれて盛り上がりました。ただし、すべてはサイエンスルーさんの力…。
「何このビラ!?」って思わせて気を惹くのってあるじゃないですか。そういうのを狙って勝手に作って貼ったんですが、たぶん何の効果もなかった。このキャラは、インビューさんといいます。
懲りずにインビューさんを出演させてみました。「何これ?ジンカンってこんなところなの?」と思って来てくれるを狙ったのですが、このイベントは人が少なかったことを思えば、単に怪しまれただけで終わったようです。
この頃の京アカは集客力について悩んでいましたが、私のせいのよーな気もします。。
そしてNF。真山仁さんをお呼びすることになり、せっかく真山さんが来はるんならお客さんを集めんとあかん…!ということでなんか緊張してつくった。このときはビラだけでなく、(な)くん主導のもとみんなでタテカン作ったりして、学祭きぶんを満喫できましたわ。
カラーver
今年から新たに始まったイヴェント。ビラは、レインボーをうれしがって使いすぎて昔流行った「デザインのうるさい個人ほめぱげ」みたいになっているきらいがあるが、イヴェント自体は快調なようで良き哉。
ほかにもなんかあった気がするが忘れました。
まったく素人作りですが、こんなんでよろしければ、今後もビラのご用命はお気軽に。。
だいがく |
ベイビー、京都の冬がきたね!
NFも終わりて先日たてかんを隠しに…もとい保管しにいったのですが、その際に歩いた西部講堂裏が、あまりにも古き京大の影を残していてうわわっとなりました。
写真を撮ったのでupするよっ
冬のプールへ続く道
畑めいたところ
4時/1時
謎の液体
紅色毛沢東
謎の液体 2
BBQしたい
立ち入り禁止区域・中は崩壊気味
草
探検しよう
シンデレラに羽が生えて飛び立ってった
タテカン墓場
俳句会(路地裏?)
タイヤのない車に乗ってビーチに向ってた
カラフル
焼けて潰れたミーのカー
「古き」の後に「良き」をつけるかどうかはお好み次第で、学生時代に学生文化に乗り切れなかったわたくしとしてはいわゆる古き良き京大的なものに対しては憧れつつもなんかなー…という苦手感がないでもないのですが、しかし幼い頃から京大界隈のわけのわからんムードに惹かれて育った者としては、こうした猥雑さが「わたしの京大」であるのもまた事実。
幼い頃の京大についての思い出はふたつあって、ひとつは、五歳の頃、親に連れられて百万遍を歩いていたら中曽根首相(当時……年がばれますね、べつにばれてますが)の似顔絵の描かれたタテカンがあったこと。それが子供心にも「すげー!!」と思うほどよく似ていて、「いつかこんな絵を描ける人になれたらいいな!」と思うた。親に「ここは何?」と訊くと、「きょーだい」と言われたので、きょーだいというのは絵の上手い人が来るところなんやなーと思った。もうひとつは、小学四年生の頃、やはり親に連れられて京大構内を歩いていると、ちょーどNFやったんでしょーな、祭りみたいにいなってて大きい学生がいっぱいいて怖かった。その中で、美術部らしき人たちが作品を売ってたんやけど、目玉商品が、巨大なカンバスに描かれたキリンの絵と、女の人が脚を開いてその間でざくろのような女性器がぱっくり割れている絵やった。「うわっ」と思うたけど、「こういうのがげーじゅつなんかなー」とおもた。
というのが「わたしの京大」の思い出なんやけど、ふたつとも絵に関係してるんがなんか可笑しいですね。
ルネ薔薇
京アカ関連 |
えーぬえーふも、無事終わりて~、しわす、ですねっ。
京アカスタッフブログの、(も)くんの記事、骨のある文章で良いと思いました。
http://d.hatena.ne.jp/kyotoacademeia/20111203/1323179190
http://d.hatena.ne.jp/kyotoacademeia/20111204/1323179114
わたしは質疑以外は講演会聞けなかったので、あとで皆の話を聴いただけでしたが、だいたい似たことをかんがえました。
以下、わたしの撮ったNF写真をばupいたしま。
講演会やった教室の机にあったらくがき。
大学生にもなって「うんこ」……
お客さんが座る前に消しとくべきかと思ひましたが、あまりの気合の入りように消すのが申し訳なくなり、また、ちらほらお客さんが入り始めたところだったんでそんな中必死で消しゴムでうんこをごしごしするのも憚られ、残しておきました。
よって、どなたか、この席に座りながら講演を聴いた方がおられたことと思われます。
打ち上げで通された部屋。なぜか部屋の名前が「パンダ」。パンダ大好きなわたしは、なんかの運命やとおもいました。
打ち上げはきんちょうしてたので肉を食べすぎた。たるはちの肉おいしかった。
いろんな人や初対面の方とおしゃべりしたりして、この日は疲労したので泊……翌朝、祭りの後の大学構内を通ると、植え込みに風船が生えてた。
原発など。
いものささったギターケース。
あと、生け花る(つ)くんのかっこいい写真とかもあるのですがここにはupしないでおきます。
それにしても、今年になって初めて、NFにはおもしろそうな企画が多いのやなということを知った。学生時代にもっと参加すればよかったのう…。
だが、今年の「統一テーマ」は例によっていけてなかった。
よみかき |
先だってはひさびさにけんきうかい的なものに出た。
乳房文化研究会の定例研究会「Message from 3.11 母乳でつなぐ命」。
http://www.wacoal.jp/c/nyubou-bunka/upcoming/message-from-311.html
アンケートの用紙の性別欄が、選択式でなく記入式で「おっ」とおもったんだけど、なんか考えがあってのことなのかな? あの、「男・女」にマルを付ける選択式、毎回なんかせちがらーい気分になるので嫌い。でもまあどうせ記入式でも「女」と書くので同じことなんだけど。
講演者は三人ともお医者さんで、一人は福島のお医者さん、あとの二人は関西から被災地に行ったお医者さん。
「母乳でつなぐ命」というお題だったが話の内容は(母乳話に限らず)広くて、まず、現場の具体的な話を聞けたことがよかった。やはりずっと関西におると、まだ被災地が被災地なのであるということを忘れてしまいそうになるから。具体的な話とは、パンティーライナーの話や、人工肛門の話など。「男の人は想像つかんやろけど、女性の被災者はきっとナプキンとかパンティーライナーとかがなくて困ってる!」というのんはわたしもいつもおもうけど、「避難所で人工肛門の人が肩身の狭い思いをしている」とかいうことには、言われんとなかなか想像が及ばない。
意外だったのは、「母乳」というテーマで当然話されるだろうと予想していた放射能の話にはあんまり触れられなかったこと。産科婦人科学会などによる「母乳育児には問題なし」という見解が示されて(「放射能よりも母乳育児できないリスクのほうが高い」みたいなこともいわれてた気がするが記憶があいまいなのでちょっと自信なし)、「被災地のお母さんたちよかったですねー」みたいに流されただけであった。実際どうなんだろう?
最後のディスカッションのシメは、「震災下で母子を守るには」について一言ずつ、であったのだが、そこでも、「お母さんというものは、放射能の心配をしていても子供の前では平気な顔をしてなくちゃならない、不安な顔を見せないことで子供は安心する、それが女の強さ、女の特権」みたいな精神論?で全員一致して終わってしまい、うーん、と思うた。
(でもこれは、それぞれ「こんなことしか言えませんが」と前置きしておられたとおり、さしあたっての実感、といった感じであった。)
あと、震災の話とは直接関係ないのだが、カルチャーショックだったのは「母乳育児>>>>>粉ミルク育児」というのが、もう前提として共有されているようであったことです。母乳育児がよしとされるのには、栄養や免疫上の理由もあるようだけど、それらの理由と同列に、当然のように「母乳育児で母子間の愛情が深まる」というのが並んでおり、たとえばわたしが比較的なじみのある社会学ぎょーかいとかなら、そうした言説を疑うという姿勢が前提的に共有されているようであるけど、医学ぎょーかいでは、むしろそれを疑わないことが前提であるらしかった(この会場を見る限りなので、医学ぎょーかい全体としてどうなのかは分かりませんが)。印象的だったのは、フロアから質問に立った産科のお医者さんが、「不幸にして粉ミルクの人」という表現をなすったこと。「ええっ」とぎょっとして聞き間違いかと思ったら、二回同じ表現を。その後、「さきほど『不幸にして』と言ったのを『都合により』に訂正します」と訂正しておられた。このとき笑いが起きてたんですが、うちはちょっと笑えずでした。
乳といえば、さいきんこれを読んだ。
映像や美術などさまざまな分野において「乳房」の表象を論じた論文集。中には、「これ乳中心にまとめるんちょっときついよね」という論文もあったけど(笑)。しめしあわせたわけでないだろうに、どの論文も、良い乳房/悪い乳房 という乳の分断を指摘しているのが興味深い。
中でわたしがもっともおもしろく読んだのは、ピンクリボンキャンペーンにおける乳房表象を論じた第二章「美の威嚇装置」。ピンクリボンキャンペーンについては、以前から、その主旨については文句ないけどと思いつつもなんかもやもやとしており、そのもやもやを見事に研究&言語化してくださったなあ!と思い、あらまほしき研究とはもやもやの言語化だった!ということも思い出した。乳よ!
じつはわたしも昔、このキャンペーンのコピーに応募したことがあって、たしか「あなたのおっぱいはあなたのもの」みたいなフレーズを考えたんだけど、通らんかったのです。まあ何のひねりのないフレーズですからな。でもそのとき、たぶん、このキャンペーンにおいて、女性の乳が子供のもの・男のもの・日本のもの・だから乳がんから乳を守れ! みたいな雰囲気で語られていることをなんとなく察知してもやもやしてたのやとおもう。
※ちなみにわたしが描いた乳がん検診ポスタです ↓
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=10719815
※でもわたしは検診行ったことない。乳おしつぶし機がこわい。
windupbird2011/10/09 23:47畑日記、せっかくで勿体ないので、京アカのブログとかで正式に公表しませんか。あるいはこのブログに京都アカデメイアのtwitterからリンク貼っても良いですか?
may_ca2011/10/11 02:07おっありがとうございます。ちゃんと続くか分からないので(笑)さしあたってはついったからのリンクで、おねがいします!
よみかき |
書籍化された南条あやの日記を、今更読みました。
文章ほんまに上手いなあ! そして、同世代だー! とおもた。
私より一学年下なのかな?
テレホーダイ、MD、Coccoのセカンドアルバム、殺人鬼役の小泉今日子、PHS、エンコー(流行語としての)、女子高生ブーム、インターネット初期、90年代の終わりからゼロ年代の足音。
自営業の娘というところも一緒で、ああ、わかるわかる!と思った。家で親が始終お金のことでいらいらしてたり暗い顔で愚痴ってたり、それも私を養うためなんだ!って思うのってほんま精神衛生上悪いよね(まあべつに自営業には限らないことだが、常にその事実を眼前に見ていなければならないし、また自分も半分従業員=親の部下 みたいな感覚がある)。そんなにぐちぐち言うならあたしに援助交際でもさせればいいだろ! みたいなことをあやちゃんも書いてたけど、わたしもよくそー思った。(当時ミヤダイ先生は援助交際超OK!というてたけど、だがそのように「エンコー」について考えるときの自分のむしゃくしゃした気持ちはけして健全ではなかったな、そこんとこどうよ、と今になっておもう。まあこれは余談。)
また、彼女の、高校生(女子高生――当時は「JK」などという言い方はまだなかった)でなくなってしまうときの不安というか、拠り所のない気持ち、その記述を読んで、自分が高校生でなくなるときの気持ちをおもいだした。
私など、「女子高生」という肩書によって何か実質的に得をした記憶もない醜い日陰の女子高生だったが、それでも、「女子高生」でなくなることで自分の付加価値がひとつなくなるような心もとない気持ちがしたもんだ。わたしの場合、(あやちゃんと同様、)卒業後の進路が決まっていなかったから余計、ということもあった。(ちなみに現在久方ぶりの「卒業」を前にしているわけですがやはり同様の状況。)
彼女の自傷や死の原因をあれこれ推測することはできない。が、皆が皆同じ年齢で同じこと(就職とか進学とか)をしないといけないというこのシステム、そこからちょこっと外れたり乗り遅れたりするとひどく道を外したかのように感じ(させ)られてしまう、というこのいきぐるしさがなかったらどーだっただろうか? とか思うんである。
とはいえ、彼女をダシにして社会のシステムについてあれこれ言う、ということがなんとなく憚られるのはなんでだろう。
といえば、彼女の日記が、まったく隙のないくらい、読み手を娯しませるエンターテイメントとして書かれているからであると思う。
もちろんどんな書き物でも、読み手に向けて書かれているからにはエンターテイメントという側面があるのだが、彼女のエンターテイナーぶりは徹底している。その文体は、読み手に語りかけていながらも読み手に救けを求めたり同情を欲したり馴れ合ったりする風がなく、書き手/読み手 ががっちり固定されている感じがする。ショーなんである。リスカとODの嵐の中でしかし、「こういうことを期待してるんでしょ? こういう物語が読みたいんでしょ?」と、ショーをプロデュースする彼女の筆致は非常に冷静。
まあ先生(注:医者)はこのような状態の方が診察楽でお金が取れていいんでしょうけど、読者の皆様はもっと荒廃した私の精神状態を期待なさってる方もいらっしゃるんじゃないかと思います。やーん、また静脈切断ぶっしゅー、とかエヘヘ、援助交際初めて理想の父親像を探しに来ます、とか (249頁)
一介の読み手である者がこのショーの外側に出て(出たつもりで)、「この人は自分では気づいてなかったかもしれないがこういうことに苦しんでいたのだ」とかなんやかんや分析するんは、なんかどうも滑稽になってしまうんである。(香山リカさんの解説も、なんだかすごく書きにくそうだ。)
あと、書籍の形で今読めるものには、おそらく何重にも編集の手が加えられているゆえ、彼女の書いたこと/書かなかったことの全貌が正確には分からない、ってこともある。
当初彼女の日記はあるライターのサイトの一コーナーとしてそのライターによってupされていたし(この過程で削除や編集もあったようだが真偽のほどは不明・ライターの女性はウェブ上では行方不明らしい ――現在、彼女のサイトの残骸の周辺を徘徊してみると、なんかえらいことになっていて、ネットとは!ゼロ年代とは!ってなった)、さらに書籍化される過程で、お父上および編集者によって大幅に編集されているようだ。
(これから文学部とかでも、書籍として出版された文学作品でなくてネット上に発表された作品で卒論やら書く子が増えていくんとちゃうかな、と思うのだが、異本がたくさんあって作者が一人とは限らなくて、っていう、近代文学よりむしろ古典文学の研究方法に近づくんでないかな、大変そう、とかふとおもう。)
ところで、南条あやの文体って、誰かの文体に似てると思ったら菜摘ひかるだ。似てませんか? 写真で見る限り、お顔も少し似てるように思う。が、何より似てるのは、ウェブ上の日記でありながら、徹底した読み手へのサーヴィス精神、エンターテイメントとして立つ姿勢。
菜摘ひかる、20代半ばくらいの頃に死ぬほど読んだが、最近読んでいない。彼女の文章を読むと、彼女の文章を読んでいたころにくらべて、世界への怒りみたいなもんが減退してしまったことを感じ、生き延びてしまった自分、を思う。世界への怒りというか、当時のわたしの「世界への怒り」の半分は「男の性欲への怒り」でできていたのだが、なんかそんなんがなくなってしまったいいか悪いかはまた別の話だし脱線したので終わる。
よみかき |
気になる本がいろいろ出ている。読みたい本メモ。
京アカ関連 |
例の畑を始めたよ!
先日四人でたがやしにいったよ!
農作業的なことなどしたことのない都会のモヤシっ子(というにはちょっとぷよぷよしているが)なのできんにくつうになってしまったよ!
地元の人々が入れ替わり立ち代わり様子を見に来て、「若いのにえらいねえ」とか言われて、「歓迎される若者」のきぶんになれました。
おいしいお野菜がうまくできるといいんだけどな!
最初は荒地でした。
草を抜くんにひと苦労。
なんかのさなぎがごろごろ出てきた。
畝ができたよ!
土をいじったら、ひさしぶりに深沢七郎のラブミー農場記を読み返したくなった(もちろんわれわれの畑はまだそんな立派なもんとちゃうんやけど…)。彼が、「こま切れ栽培」について書いた文章がすごく好きだったのだけど、今見つからなくて引用ができない。
追記)「生態を変える記」だった。「もし世の中に戦争が近づいたらコマギレ栽培をすることだ。それは自分勝手な生きかたができるからだ」。
たまり場計画も形になりつつあります。
ちょっと最初の予算よりオーヴァーしてしまったので、維持できるかが不安ではあるが。
見に行ったとき、もう、赤に、びびっと来た。
「赤いドアなど見たくもねえ~」と歌うRCの「黒くぬれ」が頭の中で流れた。