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daisetsuの日記

2010-09-05雇用①

「雇用」分野のブックガイド作成のため、ひとまず本田由紀の著書を読んでいます。

数冊読んだ段階での感想↓↓

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本田は自らの経験を通して、現在の若者の立場に立った言説を展開する。

例えば、フリーターは当初持ち上げられた存在(cf.90.6.5 AERA「会社に『ノー』と言えるフリーターたち。自由に生きるチャンスが広がってきた」)だけれども、現在はバッシングや軽蔑の対象(cf.01.8.1 AERA 「30代フリーター 夢から覚める日 仕事に結婚、狭まる道の悲哀」)になっている。そうした風潮は現実を捉えていないだけでなく、それ自体が若者のネガティブイメージを拡大して結果的に若者の就労問題を増幅させているという。若者は悪くないのだ。フリーターが生まれる要因は、現代日本の社会構造(ex.新卒一括採用)がよくないし、それを作った世代が悪いのであって、その被害者としての若者が叩かれるのはおかしい、と。

確かに正しい主張である。現在の雇用問題くは、戦後(あるいは戦前)のある時期からできた制度の弊害がもたらす部分が多く、その構造を分析し、新たな制度を作る必要が切に求められている。その意味で、<教育から仕事への移行>に力点を置いて雇用問題を考えようとする本田の研究はそれなりの意義を持つ。

ところが、爆笑問題との対話の中で、本田の欺瞞性が太田によって完全に明らかにされてしまっている(ように見える)。

本田は、「教育から仕事への移行」がうまくできなかった若者に対して、それは企業の採用が減っただけで、若者は悪くないという。しかし太田は、それは「甘ったれ」だし、本田のその姿勢自体が「うざい」という。(本田は、太田のこの主張を「自己責任論」として終始議論していくが、どこかはき違えている)

確かに、構造的に日本の雇用が歪んでいるのは間違いないのだろうが、本田のように企業や政府を切って捨てる刀で、翻って若者を切ることをなぜしないのか、と太田は指摘する。

ある程度の確実性や安心があるような仕組みをなんとか見出そうとする本田に対し、太田はそんなの余計なお世話だと切って捨てるのだ。

「先生は一生懸命俺たちのことを考えてくれて、『つらいだろう』っておもってくれるんだけど、俺から言わせると、先生の方がつらそうだよね」太田

本田自身は厳格な家庭で育ち、がり勉を重ねて東大に入学した経験を持つ。だが、さんざん勉強させられたにもかかわらず、そのあと一回それをチャラにされて、今度はわけのわからない基準で企業に採用されるという、この仕組みに疑問を持ったのだという。

よくありすぎるパターンである。オウムに走った学生もこのような疑問が原因だった。過去自分がしてきたことと、社会との整合性と意味を求め、その結果、社会を否定する。仕事とそれを取り巻く環境に疑問を抱き、批判する。それはある部分では「正しい」が、ひどく偏ったことでもある。

太田が最後に言った言葉は、本田を突き崩すのに十分だったろう。

「それにやっぱり、仕事がなきゃ幸福は味わえないのかって思うんだよ」太田

仕事は人生の多くの部分を占めるが、だからといってその全てではない。本田を含めて仕事に悩む人の多くは、仕事に対し過剰な意味づけを行いすぎているのだ。それはほとんど自縄自縛であり、本田自身もその袋小路に陥っているような感が否めない。

本田は、勝手に救うべき人を想定し、そのための援助をしようとする。だが、語弊があるかもしれないが、その「救うべき人」は、別に救ってもらう必要はなかった。余計なお世話だったのだ。太田は本田のような姿勢は欺瞞にすぎないと言いたかったのである。(対話は終始、本田が太田を誤解したまま終わった)

おそらくこの雇用破壊の状態の中で我々がすべきことは、仕事への依存心を解き、仕事に比する価値対象を見出すことだ。労働に寄り添いながら労働に抗するあり方を、模索していくしかない。雇用破壊を危機と思うのではなく、チャンスと見ながら、雇用の先を見通す力が必要である。

爆笑問題のニッポンの教養 我働く ゆえに幸あり? 教育社会学

爆笑問題のニッポンの教養 我働く ゆえに幸あり? 教育社会学

windupbirdwindupbird2010/09/06 00:14結構本田に辛めの評だね(笑)本田さんが言ってることもよく分かるけどなぁ。逆に太田の発言はやはり強者の論理であって、若者がみんな太田の言うような考えだとも思えないんだけど。しかし両者の言い分とも一理あって判断が難しいところです。
あの番組は最後まで完全なディスコミュニケーションで終わるというなかなか面白い番組だったね(笑)

dissatisfiedpigdissatisfiedpig2010/09/06 16:56本田が論じたいことVS太田が批判したいことのズレ――非常に興味深いです。。。色々触発されてしまいました。

大学の中にいる人間は、基本的に研究者の研究成果を評価するものですが、太田氏は、本田先生の研究成果ではなく本田の一人の人間としての生き方に対する評価をしようとしたのでしょうか。
無論、大学の中でも、真に問題とするべきは、単にその研究者の「対象としたもの・こと」ではなく、「対象」を「対象」に設定した研究者自身の視座の方だとは思いますが。太田の場合は、本田の「研究者としての視座」の問題ですらなく、生き方の問題を問うているような気がしました。本田は太田からの批判が、自分の生き方に向いているとは気づかずに、自分の研究成果(ひいては研究者としての視座)に対する批判だと解釈したからズレていたのではないかと察します。
(実際番組見たわけじゃないから勝手に察するのもアレですが、このシリーズの太田のスタンスは学者の生き方に迫るところにある気がします。全国につながるカメラの前で、初対面の人からいきなり「お前の生き方」を問われるなんて、さすがテレビとしか言い様無いけど(笑))
太田氏でも本田先生の親友でもない人間が「本田の生き方」を問う意味や資格は無いように思うのでそこについてのコメントは控えますが、太田が問題としている「生き方」の話については後々dissatisfiedpigの日記にでも取り上げたいと思います。

「自分がしてきたことと、社会との整合性と意味を求め、その結果、社会に疑問を抱き、批判する」というのは、いまや「ありすぎる」くらい普通のことであって、それを退けられる太田の方が強者というか偏っているというか超越しているような気もしますが(笑)。疑問の提出と既存社会の否定に関して本田論文はかなり有用だったと思われるので、そこから先の社会構想・再構築に関しては本田先生に任せず、本物の若者として考え実践していきたいなと気持ちを改めました。
示唆と刺激に富んだエントリをありがとうございます。

daisetsudaisetsu2010/09/06 19:02>windupbirdさん

コメントありがとうございます!

ご指摘通り、本田に辛めです笑

やはりどちらも正しいことを言っているんですよね。
本田の研究の意義は認めますし、それがもちろん有効だと思っています。しかしどことなく陳腐というか。。学校優等生にありがちというか。

いいのだけれどもう一歩足りないような感じがして、太田のラディカルさが際立ってしまいました。

この対話は本当に最後までディスコミニケーションでした。どちらも仮想敵と戦っているようなそんな感じで逆に興味深かったです笑

daisetsudaisetsu2010/09/06 19:12>dissatisfiedpigさん

コメントありがとうございます!

太田は確かに、本田の研究の背景、動機みたいなものに向かっていっていました。最後に、田中と太田は、本田が面白い先生だったね、と話すんですが、太田はその中で、本田が自らの体験から研究に向かっている先生でとても面白かった、みたいなことを話しています。
ご指摘通り、太田は本田の生き方に対して意見していたのでしょう。

太田は対談の中で、俺らに「就職」なんてなかった、と言います。アーティスト志望の人に就職なんてないんですよね。ゴッホやベートーヴェンが大学で就活したかよって話で(太田はそこまで言っていませんが)。

確かにこれは特殊な例ですし、成功した人間だからこそ言える言葉ですが、けれども、「就職しない」生き方というものがあり得るのだという指摘は、大切にしたいと思うのです。特に今後雇用が収縮していく中で、この視点はとても大事になる気がします。

このあたり、議論を深めていけたらいいですね。